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 フィリアスに許可を貰えたことで、私以上に喜んだエルミーナは「記念に一曲弾いて帰るね!」と言って、教室のど真ん中にあるグランドピアノの前に座り、鍵盤蓋を開いた。  曲目は決めていたようで、すぐに小さな演奏会が始まった。エルミーナが弾いたのは有名な歌劇からの一曲で、戦場にいる恋人の無事を祈る曲だったと思う。澄んだ水が流れ落ちるような流麗な調べに心が洗われていくようで、私は椅子に腰掛けたままエルミーナの演奏に耳を傾けていた。  ふと、こんな古びた音楽室のピアノがきちんと調律されていることに気がついて、隣に座るフィリアスをちらりと盗み見て――思わず目を奪われた。恋人を見る彼の優しい眼差しに、私は胸がいっぱいになって何も言えなくなってしまった。 「――何か言いたげだな?」  声を潜めて、こちらを向かずにフィリアスが言う。これだけ見つめたらさすがに気付くか……。 「本当にいいのかな? って。君はエリーが心配なんでしょう?」  演奏を邪魔しないように小声で問うと、フィリアスはちらりと目線だけでこちらを見て口の端を上げる。 「エリーは俺と婚約してから、それまでの付き合いの多くを断ち切ってしまったんだ。そんなエリーから、友人を紹介したいと言われた時、俺が何を思ったかわかるだろう?」  私は考えが及ばなかった自分を恥じた。エルミーナはどこのグループにも属していないようだった。それは彼女の凛とした佇まいが人を寄せ付けないからだと思っていた。自分から周りを遠ざけていたなんて。 「貴族って大変なんだなぁ……」  そんな月並みな感想しか出なくて、私は益々恥ずかしくなって縮こまった。フィリアスはそんな私を見て小さくため息をこぼすように笑う。それがなんだかとても疲れているように見えた。  養子に出されたとはいえ、フィリアスは王家の人間だ。成人して正式に王位継承権を放棄するまでは、彼を擁立しようとする者達がすり寄ってくる。  本人に付け入る隙が無ければ、彼らはフィリアスの周りを攻める。婚約者のエルミーナは彼らにとって格好の的となるだろう。二人はそれを警戒し恐れている。 「卒業するまでの辛抱だ。ここを出て正騎士になったら、俺は正式にマティス家当主を名乗ることができる。そうすればやっと、堂々とエリーを保護できる」 「君の目の届かない所は私に任せて。騎士見習いとしてしっかり護衛するよ。……というか君、私にそうさせるつもりだったんじゃない?」 「いやー何のことだかわからないが、助かるなぁ」  びっくりする程のわざとらしさに私は笑いを堪えた。 「二人ともちゃんと聴いていてくれた?」  演奏を終えたエルミーナが頬を膨らませているので 「エリーがかわいいって話をしてた」  と私が言えば、フィリアスが 「君とのハグは許さないという話をしていた」  と続ける。えっあれ? そうだっけ? 君やっぱり根に持ってるな?  真っ赤になって絶句しているエルミーナを見て、私とフィリアスは顔を見合わせて笑った。 「……もう、酷いわ。二人してからかって」  困り顔のエルミーナが呟くと、ちょうど寮の門限三十分前の鐘が鳴って、その日はお開きということになった。旧校舎の音楽室を出て教室棟まで送って貰うと、私たちはそこでフィリアスと別れた。
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