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自分の体質を忘れていたわけじゃない。
ただ、転入早々に習熟度別クラスを分ける試験期間に突入して、前の学校より授業が進んでいたため試験範囲に追い付くのに必死で、徹夜気味だっただけ。
初めての寮生活に慣れる間も無く、連日閉館間際まで図書館の自習室で勉強。寮にはお風呂と寝に帰るだけで、まだルームメイトと挨拶以外の会話ができていない。たぶん今頃、転入生は気難しいとか言われてるんじゃないかな?
昼間は昼間で、授業に追いつくのに必死だし、念願のレベルの高い剣技の授業は想像以上に楽しいしで、放課後はヘロヘロになりながら机に向かっていた。
疲れが溜まっていた。
空なんて見上げる余裕がなかった。でも、そんなの言い訳にもならない。
長い試験期間の最終日。自己採点して間違えた箇所を調べ終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
――時刻は閉館間際の二十二時五十分。図書館は職員も利用するので遅くまで開いているのだが、学生寮の門限は二十一時なので、この時点でとっくに門限をぶっちぎっている。
どうやって部屋に入ろうかと思案しながら図書館の扉を開いた瞬間、今夜が満月だってことに気がついた。
分厚い雪雲の下でも、獣人は月の魔力を感じ取れる。月の魔力が最も強くなる満月の夜、獣人は強制的に獣化する。
身体に力が入らなくなって、図書館の壁づたいにやっとの思いで裏まで移動して、私はそこでぶっ倒れた。
頬に冷たい土と雪の感触。濁った灰色の空から容赦無く雪が降り、なけなしの気力と体力を奪っていく。
たしか予報では今夜は大雪になるって聞いた気がする。何故その時に月齢を確認しなかったのか。今更悔やんだところで、もうどうにもならない。
獣の身体能力と人間の頭脳を併せ持つ獣人は、人間にとっては恐怖の対象だ。誰かに助けを求めようにも、好き好んで獣人に関わろうという人間はいない。
ましてや、私は獣人の中でも嫌われ者の狼女だ。恐れずに近寄ってくる者は番のいない凶暴な狼男か、特殊な嗜好をお持ちの某貴族様ぐらいなものだ。絶対に期待してはいけない。
晩春の雪の底に埋もれていく身体は白に塗りつぶされて、冷たく静かな眠りに落ちていく。灰白に閉ざされていく世界。身体を白い光が包んで、ゆっくりと形を変える。
瞼を閉じる寸前、視界の隅に黒い何かが蠢くのを見た。それは雪の上を滑るように音も無く忍び寄り、私の顔を覗き込むと、スンスンと鼻を鳴らしながら頬を突く。
野犬? 猟犬? 狼男? この際なんでもいいけど、助けてください。凍え死にそうなんです。
祈りが通じたのかはわからないけれど、新雪をサクサクと踏みしめて、人と思しき何かが近付いてきたところで、私は意識を手放したのだった。
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