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私が硬直しているのをいいことに、彼は隣に寝転んだままもっふもっふと無遠慮に私の身体を撫で回す。父さんにだってこんなに撫で回されたことはないのに!
彼の手が首筋を通る度に、なんとも妙な気分になって身震いした。
「どうしてあんな所に隠れていたの? 試験が終わったら、話がしたいって言ったのに。僕の顔を見るなり逃げ出すんだもんなぁ……」
そりゃあ、狼女だと知りながら婚約を迫ってくる怪しい男から、二人きりで話がしたいなんて言われたら、身の危険を感じて逃げるしかないだろう。
「心配してたんだよ。今夜は満月なのに、どうせまだルームメイトのあの子にも、狼女だって事を打ち明けていないんだろうなと思って。……おや、図星かな?」
苛立ちに毛を逆立てた私に、撫でる手が止まる。私のお断りの手紙は無視するくせに、機嫌を察知することはできるらしい。
私は震える足で毛布を飛び出すと、必死で辺りを見回して自分が置かれた状況を確認した。
木目の壁と丸太が組まれた天井、どうやらログハウスの中らしい。テーブル、ソファ、ベッドに本棚と、家具は全て木製で、古めかしいながらも上品な設えだった。部屋には必要最低限のものしかなく、広さは寮の私の部屋と大して変わらない。
狼の姿をじろじろ見られるのが嫌だったので、目に付いたベッドの下にサッと潜り込んだ。
「セラ? どうしたの?」
彼は毛布に包まったまま上半身を起こして、不思議そうに首を傾げる。まだ愛称で呼んで良いなんて言ってないぞ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。とって食ったりしないよ? ……まぁ、今のところは?」
今のところはってなんだ? 食う気か? まさかとは思いますが、特殊な嗜好をお持ちの方ですか?
おかしいと思ったんだ。
彼の父の伯爵様は父さんの古い友人で、父さんが狼男だって知っていて、娘の私が狼女だってことも知っている。その上で息子との婚約話を持ってきた。
獣フェチってやつ……? それで困った伯爵様が息子に婚約者を見つけようと? ははーん、なるほどな。……いや、理解したくないけど。
ベッドの下で途方に暮れている私を見て、彼は困ったように笑う。キルトの上にうつ伏せになり、自分の隣をぽんぽん叩いた。
「おいで、セリアルカ。そっちは寒いでしょう?」
猫撫で声ならぬ狼撫で声で彼は呼ぶ。
悔しいけど正直すごく寒いので、私はベッドの下から飛び出して、彼から毛布を剥ぎ取ると、素早く身体に巻いて部屋の隅に移動した。
「うわ、寒っ!」っと悲鳴を上げる彼を無視して、毛布を頭から被り『戻れ戻れ〜』と念じる。すると、私の身体は白い光に包まれて形を変える。身体を覆う銀色の毛皮は消え去り、手足が伸びて狼の耳と尻尾が消えた。
白い光が消えた後には元の人間の姿の私が居た。ちゃんと衣服を着たまま獣化したようだ。
――よし! ちゃんと服着てた! 私えらい!
「……セラ?」
心配そうに声を掛ける彼に向き直ると、彼は眠そうな目をまん丸く見開いて、慌ててその場に起き上がった。
事前に狼女と知っていても、突然狼から人間の姿に戻ったから驚いたのだろう。二人の間に気まずい沈黙が落ちる。
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