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お礼を言って帰ろう。アルファルドと二人で居る所を誰かに見られたら、今度はどんな噂になるかわからない。
私は渋々口を開いた。
「……助けてくれてありがとう。まさか拾ってくれたのが君だとは思わなかった。お礼は改めて……」
「今返して?」
皆まで言わせず、やや食い気味に彼は要求した。彼は床に敷いたキルトの上に胡座をかいて、両手をこちらに差し出して静かに微笑む。その笑顔がすごく怖い。
「……その手は何? 今は特に返せるものは無いんだ。ごめんね」
危険キケンと頭の中で警報が鳴り響いている。得体のしれない不気味さに、私は自然と早口で答えた。
彼は眉尻を下げて目を潤ませて、あからさまに悲しげな顔をする。美男子がそんな顔すると、なんだか私がいじめているかのような気分になってくる。絶対狙ってやってるだろこれ?
彼はわざとらしく、ふうとため息をつく。
「そんなに警戒しなくても。僕の希望は伝わっていると思っていたんだけどなぁ……。ああ、そうか。僕の口から言わせたいんだね?」
彼は立ち上がり、部屋の隅にいる私の前まで来て片膝を付くと、私の手を取り熱っぽい瞳で見つめる。
「セリアルカ。僕と結婚してください」
「正気か」
思わず本音がぽろっと出たけどもうダメだ。こんな所に居られるか! 私は帰らせてもらう!
「君には感謝しているけれど、その件は何度もお断りしましたよね?」
「そうだねぇ。確かに手紙では何度も断られたけど、今は僕達婚約しているでしょう?」
「は? え? 何を言って……」
彼は私の手を引いて腕の中に抱きとめると、今までで一番美しく怖い笑顔を浮かべて言った。
「君は婚約を拒否する機会がありながら僕に会わずに逃げ出した。――沈黙は肯定と同じだよ。君のお父様も許してくれたしね」
アルファルドは柔らかな笑みを浮かべたまま、私の手首をしっかりと掴んで離さない。我儘を言う子供に手を焼いているような大人っぽい余裕を見せる。それが余計に私を苛つかせた。
「父さんが許したなんて信じられない! どうやって認めさせたんだ…………まさか」
古くから獣人を受け入れてきたこのシュセイル王国であっても、未だに獣人への差別は根強く残っている。獣人だとバレたら、その瞬間からその人は異物とされ、人間が普通に享受する多くの権利を失うだろう。
私自身も、過去に狼女だとバレて酷い扱いを受けた事があった。父さんが私に対して過保護になったのはそれからだ。その父さんが許すなんて……。
「私たち親娘が獣人であることを盾に結婚を迫るつもりなら、私にも考えがあるぞ!」
アルファルドのシャツの胸ぐらを掴んで啖呵を切ると、彼は慌てて両手を上げて、あっさりと降参した。
「やだなぁ、そんな酷いことしないよ。僕もね、身内に獣人が居るんだ。だから決して軽率な思いで結婚してって言っているんじゃないよ」
アルファルドは胸ぐらを掴んだままの私の手をそっと両手で包むと、愛おしそうに目を細める。
「結婚しよう。君が認めるまで諦めないからね」
父さん……。あなたが婚約を許可しちゃった人は、どうやらストーカーだったようです。
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