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足元は変わらず険しい山道だ。代わり映えしない景色に飽きた頃、互いの身の上話に華が咲いた。
「へぇ、ルイーズはカバヤの街に向かうつもりなのか。大陸北部だったよな」
「そうなの。あそこは治安が良いって聞いたから。騎士団も強いらしいし」
「まぁ大きな街だよ、一大拠点ってやつだ」
「それに領主であるソーヤ様は動物好きだっていうじゃない。だからこの子も生きやすいかなって」
ルイーズはそう言うと、胸に抱いたもちウサギの頭を撫でた。飼い主の愛情を感じてか、手の動きに合わせて顔をグングン伸ばしている。
「ずいぶんと懐いてるのね」
リリアは振り向きつつ顔を綻ばせた。
「そうかもね。出会ってまだ日が浅いんだけど、信頼してくれてるわ」
「へぇー。さすがは本職ってやつね。何か秘訣でもあるの?」
「秘訣なんて大層なものじゃないわ。ただ、何というか、真心かしら」
「まごころ?」
「とにかく真っ直ぐに向き合うの。この子の心と真正面から。するとね、いつの間にか気持ちが通じ合っているの」
「そういう感じなんだねぇ」
じゃあ私もと、リリアが好奇心いっぱいの顔をもちウサギに寄せた。当然だが驚かれてしまい、ウサギはもっちもっちとルイーズの肩を這って登り、ついには背中に隠れてしまった。
「ダメよリリア。急に近づいたら怖がっちゃうわ」
「えぇーー? 友達になろうって気持ちで行ったのに」
「好意は押しつけるモノじゃないの。恋愛と一緒よ、相手との呼吸というか、距離感って大切でしょう?」
「えっ。アタシはその気になったら押す一方なんだけど」
「そう……。貴女はもう少し色んな手法を覚えるべきね」
そんな微笑ましいシーンが終わった頃、一行は開けた場所に出た。女神神殿である。
ここでリリアが提案をした。病み上がりのもちウサギを治療してもらうのはどうか、と言うのである。だが、反応は微妙なものだった。
「神殿って確か改装工事中で、中に入れなかったと思うッスよ」
「そうなの? 知らなかった」
「とりあえず行ってみましょう」
リーディス達は街道から横道に入り、石畳の階段を登っていった。そして最上段に足をかけると、そこには異様な光景が広がっていた。
本来であれば、純白の大理石による彫像や噴水のオブジェにバラ庭園、その先に荘厳な神殿が出迎えるはずである。天気の良い日などは絶景そのもの。天空の青に木々の緑、そして神殿の白と、文字通り神聖なる手触りを感じ取れるのだ。
しかし今はどうか。彫像の手足や首は処刑されたかのように削り落とされ、朱に染まる噴水は血を彷彿とさせる。庭園の草木は余さず枯れ果て、空模様も積乱雲が重くのしかかり、今にも激しい雷雨となりそうである。
それに何と言っても神殿の背後にただずむ漆黒の塔、これが強烈に目を惹いた。あまりにも不釣り合いな建造物は巨大であり、先端は暗雲をも貫き、天まで届くかのようだ。
「やっぱり工事中みたいだな、色々と作業途中だ」
リーディスは相当に無理な解釈を言い放った。
「そのようね。しばらくは入れそうにないかしら」
白々しくもルイーズが綺麗に乗っかる。それからは敷地を覆う濃紫の霧に手を伸ばしては、鋭い痛みを覚えて引っ込めた。彼女の柔肌には小さな火傷ができている。邪神による結界が牙を剥いた瞬間であった。
「野良犬除けの魔術が施されているわ。工事の人はお休み中みたいね」
指先を労わりながら、そう言った。幕間はあらゆる生物が調和する世界だ。よって神々の対立構造など存在せず、神殿を覆う封印も獣対策なのである。少なくとも、彼らに異論を挟むつもりは無い。
「そっか。だったら日を改めねぇと……」
リーディスは特に考えもなしに、同じようにして手を伸ばした。だが結果は違った。彼の右手は何の抵抗もなく、霧の中を自由自在に泳いだ。もちろんダメージも皆無。さすがは邪神の加護を持つ男である。
(やべぇ、また面倒な事になるかも!)
驚いている場合ではない、とりあえず手を引っ込めて愛想笑いを振りまいた。彼の仲間達も見て見ぬフリだ。不用意な発言をしてしまえば、またシステムによって妙な属性が付け加えられかねない。
「ルイーズさん、手の治療しといた方が良くないッスか? ここにちょうど傷薬があるんスけど」
話題逸らしとばかりにケラリッサが商魂を逞しくする。
「そうねぇ。安くしてくれたら」
「うーん、コチラは品薄でしてねぇ。300ディナ辺りでどうッスか?」
「先を急ぎましょう。ここで夜を明かすのは得策じゃないわ」
「ああ、待って待って! 280って言おうと思ってた……」
「リリア。手持ちの食材って何があるの?」
「んもう、この商売上手! お友達価格って事で250にしときますよ」
「道すがら、食べられそうなものを探すべきかしら。うちの子はちょっと偏食家だから困っちゃうわよね」
「へへっ今日は厄日なんスかね。230ッス、もうこれ以上負けらんない……」
最後通牒のつもりでケラリッサが進めるが、ルイーズの方が一枚上手である。
「150よ。それなら有難くいただこうかしら」
「ええ! 思いっきり原価割れッスけど!?」
「貴女、さっきの解熱剤やらでだいぶ儲かったでしょ? だったら今度は私にメリットがあるべきじゃない?」
「いや、あれは、お互い納得しての商談ッスから」
「お友達なのよね?」
ルイーズ、眩い笑顔で言う。観念したケラリッサは、上納品でも扱うかのようにして傷薬を差し出した。小瓶がそっくりルイーズの手に収まる。
「ありがとう。おかげで傷跡が残らずに済みそうよ」
「ちくしょう、真心め。超絶に厄介ッス」
「今のが真心ってヤツなの?」
リリアが謎の勘違いを披露した時、彼らの耳にいつもの言葉が響いた。
——ロードが完了しました。
◆ ◆ ◆
間も無く本編が始まる。その移動中にリーディスは祈る。先ほど見せた結界での件についてだ。
(どうかプレイヤーに見られていませんように)
無宗教の彼はすがるべき神を知らない。真っ先に浮かんだのは凶暴なエルイーザで、次に浮かんだのはクラシウスだ。どっちも当てにならない。そう思って頭の片隅から追い出してしまい、とにかく開始位置に急ぐのだった。
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