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第15話 幕間6
幕間、本編の両場面にてリーディス達が神殿を立ち去る中、次の出演者達は施設の内部に居た。本パートのメインを務めるのはマリウスとエルイーザ。王都でリーディスと袂を分かった後、公爵家の所有する別荘に移動した、という体である。
ロケ地は神殿に設けられた客室だ。他に適切な場が見付からず、やむを得ず選んだ。せめて殺風景すぎる室内に調度品を持ち寄り、可能な限り貴族らしさを演出するのだった。
◆ ◆ ◆
「さぁ、ここが貴女の居室ですよ。どうぞ寛いで」
マリウスが案内したのは、やや古めかしい造りの部屋だった。妙に薄暗いのは、明り取りの窓に原因がある。小さい上に数も少ない。そのせいか、室内の隅までは見渡せなかった。
「すみませんね、まだ注文の品々が届いていないので、使い古しばかりです。それでもここにある物は全て1万ディナ以上する高級品、それなりに気に入って貰えるかと」
エルイーザに冷や飯を食わせるつもりは無いようだ。大きな衣装ダンス、繊細な意匠のテーブルセット。本棚に整然と並ぶ名著の数々も、額面にすれば相当なものになるだろう。
そして不自然に大きなベッド。1人で眠るには贅沢すぎるほどで、それが何を意味するのかは尋ねるまでも無い。瞳の色を失ったエルイーザは拳を静かに握りしめた。
「僕はね、安物が大嫌いなんですよ。家屋敷はもちろん、部屋を彩る家具に衣装に装飾品……」
マリウスはゆっくりと足音を鳴らしながら室内を歩き、エルイーザの背後まで回った。女性らしい華奢な肩がビクンと震える。
「そして、傍に置く女性もね」
耳元で囁き、肩を抱き締めようとした。しかし、エルイーザは掠れた声と共に身をよじらせた。
「……嫌!」
初めて見せた抵抗らしい抵抗だ。たとえ小声だとしても、真意が見透かせる程に悲痛な響きがあった。
ただ残念なことに、話が通じる相手ではなかった。マリウスは微笑みを浮かべながら告げた。
あの、体温を微塵も感じさせない笑みを。
「僕に逆らうつもりですか。貴女のお父上がどうなってもよいと?」
この言葉で途端にエルイーザが怯む。そして、ゆっくりとうなだれる。白旗の無い降参だった。
「お父上の快癒には、我が領土でしか流通していない秘薬が必要です。そうでしょう?」
ここでカメラは一瞬だけ移動し、病身に伏す王様が映し出された。小さな咳がふたつ。彼の実質的な出番はこれだけである。
「分かりましたか、ご自分の置かれた境遇が」
今度はマリウスも遠慮が無い。エルイーザの腕を強く掴むと、そのままベッドの上に追いやった。そして欲情の赴くままに飛びかかる。
「さぁ、観念するのです!」
いよいよ緊迫感がピークを迎えた。しかしここで1つ問題が起こる。善玉の役回りばかり任されるマリウスは、女性に乱暴するという行為に無縁であった。つまりは演技の引き出しに不足しているのだ。
その為に彼は両手を挙げて飛びかかるという、さながら猫がジャレるような動きをしてしまった。場の空気が途端にホンワカとしてしまう。
そして不運な事に、不慣れであるのはエルイーザも同様だった。
(あれ、襲われる女ってどうやるんだっけ?)
基本的に乱暴を働く側の彼女にとって、これまた無縁な展開である。そこで生じた一瞬の迷いが、彼女の肉体に染み付いた動きを実行させた。
エルイーザは迫りくる体を潜るようにして屈むと、極めて滑らかにマリウスの首を捕らえた。その動きは惚れ惚れする程に精密で、野生の蛇そのもの。そして渾身の力で脇を締め上げつつ、背中から床に倒れ込んだ。
「死ねやオラァ!」
「ゲフゥ!?」
ドンッという重たい音が室内に鳴り響く。哀れマリウス。白目を剥いてヨダレを垂らしながら失神してしまったではないか。
エルイーザも次の瞬間には失態に気付き、慌てて安否を確認した。
「おいマリウス、しっかりしろよ!」
何度頬を平手打ちしても目覚めない。その行いも、もはやある種の追撃だ。力加減を誤ってしまったが為、マリウスの顔は一層に映し難いものとなる。
「ヤベェよコレ。マジでヤベェよ」
そう口では言いつつも、手先は澱み無く動いた。ベッドシーツを引き裂いて紐を作ったかと思えば、マリウスを両手をガッチリと拘束。囚人の一丁上がりだ。
それと時を同じくして廊下が騒がしくなる。けたたましい足音が響くなり、勢いよく扉が開かれた。
「何事ですか、マリウス様!」
室内に駆け込んだのはミーナだ。幕間の配役上、神殿の結界内に招き入れられたのは彼女だけである。
「大変! どうしてこんな事に!」
気絶して倒れるマリウスの下へ駆け寄り、その体を抱きすくめた。しかしその動き、獰猛な狩人の前ではあまりにも無防備すぎた。待ち受けたかのようにして、ミーナの身体にも毒牙が襲いかかった。
「くたばれオラァ!」
「ヘムッ」
何という事か。想い人の窮地に動転したミーナは、精強無比の体術を活かす間もなく崩れ落ちた。折り重なって倒れる2人。その姿を眼にしてもなお、エルイーザの指先は走り続ける。
「ヤベェよ、勢い余ってヤッちまったよ」
やはり不安を漏らす口とは対称的に、完璧な縛めを施した。2人は完全に虜となり、タンスの中へ並べられていく。
だがここでようやくエルイーザに冷静さが戻る。遅すぎた感はあるものの、まだ軌道修正が間に合うかもしれない。
(よく考えてみりゃ、閉じ込める意味なんてねぇよな)
1度はタンスに囚えた2人を、再び外に出そうとした。だがその時だ。
タンスの奥、暗がりに蠢く何かをエルイーザは察知した。しかしその頃にはもう手遅れ。その「何か」が指先に触れた瞬間、強烈な幻覚を見せつけられた。
(な、何だこりゃあ!?)
一切の脈絡無しに視界から光が消え、無明の闇への突き落とされたのだ。そのおぞましい世界で感じ取れるのは、怨念の様に鳴り響く怨嗟の声のみだ。
――どうしてオレばっかりこんな目に。
――あいつ、マジで調子に乗りやがって。
実態の見えない罵詈雑言が、エルイーザの耳を掠めては通り過ぎていく。それらは際限が無く、いつまでも続くように思われた。
そして数え切れない程の言葉を聞き流した頃、ついにそれと出会ってしまった。
――こんなにも頑張ってるのに全然報われねぇぞ。
それはエルイーザにも共感するものがあった。彼女自身、前作では名演技を披露した自負があるものの、人気投票は散々な結果に終わったのだから。つまり、この雑言に同調したのである。
すると、彼女の体は途端に燃え上がった。漆黒の炎は闇を照らす事無く、ただただ全身を焦がすばかり。肺が激しく焼け、眼と鼻は熱気に犯され、手足の感触もことごとく奪われた。そうして五感を失った彼女は、辺り構わず転げまわった。
「グワァァーーッ!」
そうして暴れまわる事しばし。彼女は床の冷たさで我に返った。
薄暗い部屋、冷え切った石床、半開きのタンス。何もかもが先程と同じであった。あれだけ猛り狂った炎や、片隅に蠢く物のいずれも見当たらない。
「何だったんだ、今のは……」
エルイーザは全身を確かめてみる。髪の毛に足の皮膚、衣装をザッと眺めても異常は無い。小さな焦げ目のひとつさえも出来ていないのだ。
「……気の迷いか、そんなとこだろ」
特に深く追求もせず、おもむろに立ち上がった。そしてタンスの扉に手をかけ、閉じる。
その時の彼女は、確かに微笑んでいた。
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