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第16話 ステージ6
前回の女神神殿においては、敵方の恭(うやうや)しい見送りによって出立する事になったリーディス達。頼もしき狂戦士を引き連れ、一行は東部の町イサリへと到着した。
普段ならすぐに奪還を始める所である。しかし、この村そのものは占領を免れており、祭事を執り行う洞窟を解放するのが目的となる。今も最深部には強力なるボスが、三聖女のルイーズを囚えた上で占拠しているのだ。
深き洞穴は無明の世界。アクションパートではマリウスのもつ「光石」の灯りが頼りで、彼との連携が必須となるのだが。
◆ ◆ ◆
海岸線に切り立った崖が見える。そこには洞穴があり、海の方へ向けて開く入り口は、捕食の時を待つかのように大きい。中を覗き込んだなら黒一色。光源が必要となるのは明らかだ。
「ここだな。聖女が囚われてるのは」
「今頃は窮屈な想いをしているはずよ。早く助けてあげましょう、勇者様」
リーディスとリリアは視線を重ねるが、どちらも真っ直ぐなものでない。そわそわ、フワフワと眼を泳がせまくり、とにかく不安定であった。
「しかし、こうも真っ暗だとな。きっと何も見えないぞ」
そう呟くと、リーディスはチラリと背後を見た。本来であればマリウスが「灯りなら有りますよ」と渡りに舟な事を言うのだが、今は静かなものである。
何せ彼の代わりに、クマのぬいぐるみが置かれているのだから。
(こんなの、どうしろってんだ!)
システムの判断により、物言わぬ置物に差し替えられてしまった。確かに気絶した上に捕縛された者を召喚する訳にもいかず、この判断は正しかったと言えそうではあるが。
マリウスと同じ状態にあるミーナも大差ない。違いがあるとすれば、代役のぬいぐるみがウサギだという事くらいだ。
「と、とにかく。中へ行こう!」
「そうね。付いていくわ」
こうしてリーディス達は洞窟へと乗り込んだ。攻略アイテムを持たないままに。
待ち受ける敵はシャークマンに巨大コウモリと新顔ばかりだ。これらは視覚ではなく、嗅覚や特殊能力により獲物を捕捉する事を可能としている。暗闇でも全く鈍らない攻勢は苛烈そのものだった。
「キッツいわね、安全なところまで引き揚げるわよ!」
比較的脆いリリア隊はたまらず撤退した。一気に苦境へと陥ったリーディスは、例によって邪神の技で対抗しようとする。
しかし相手の姿が見えなくては無意味である。一撃必殺の技も空振りを繰り返すばかり。やがて容赦ない攻撃喰らい続けたリーディスも、退却を強いられる事になる。
「チクショウ、こんな終わり方かよ!」
悔しさを滲ませた定型文の後、システムは全滅と認定した。暗転の後にリスタートとなる。
その為に場面は再び幕間を再演するのだが、異様な光景が映し出されてしまった。と言うのも、共演者の2人は気絶しており、稼働できる演者がエルイーザだけなのだ。
「ああっ! お願い、やめて!」
ベッド間際で繰り広げる攻防。押し倒され、力づくに押さえつけられる演伎。それらは全てが一人芝居であり、真に迫る程に滑稽さを助長した。そして尾の長い悲鳴とともにカメラがフェードアウトする。
(何やってんだアイツ!?)
神殿外に控えるメンバーの全員が、胸の中で絶叫した。いっそ介入してしまおうか、幕間の物語が破綻しようとも突入してやろうか、などと考えが過る。
それでも何も出来なかったのは、神殿をグルリと囲む結界に阻まれてしまい、敷地内にすら入る事が叶わないからだ。リーディスの様に入れる者も僅かながら居るのだが、神殿の扉が固く閉ざされていてやはり侵入不可。解錠には鍵が必要となる。
彼らがした事と言えば、システムが映像として映し出した現状を、ただジッと眺める事くらいであった。
「おい。エルイーザのヤツ、大丈夫か?」
「そうッスね。何か鬼気迫るというか、普通じゃなさそうッス」
リーディスが漏らした不安に皆が同意した。様子がおかしいと感じたのは、気のせいでは無いらしい。
「とにかくだ。次の電源オフを迎えたら問い詰めてみよう」
これも満場一致の意見だ。いつぞやの様に、王様主導による裁判が執り行われる事が決まった瞬間である。
だが住民の気持ちとは裏腹に、なかなか電源は切られなかった。プレイヤーは挑んでは全滅するという事を、ただひたすらに繰り返した。
「チクショウ、こんな終わり方かよ!」
リーディスに何度も求められる敗者の弁。そして、次に待つのはエルイーザによる独壇場。
「あぁ、止めておくんなまし……!」
彼女はここぞとばかりにシーンを独占した。再演するたび微妙に演伎を変える辺り、他の演者達はイラッとさせられる。
それらを何度見せつけられただろう。数えるのもバカバカしくなった頃、リーディスは1つ閃くものを感じた。
場面はイサリの洞窟前。ちょうどリリアが先を急かし、突入を促す所である。
「なぁマリウス。何か便利なアイテムを持ってないか?」
「えっ。勇者様、急に何を?」
依然ぬいぐるみであるマリウス(代理)にリーディスは歩み寄ると、その全体をまさぐり、何かを探した。この終わり無き地獄を抜け出せそうな何かを。
「あった、光石だ!」
ぬいぐるみの尻の下にそれはあった。ひとたび握りしめると、真昼の陽射しにも劣らない輝きが辺りを照らしだす。
「やったぞ。これで暗闇の中でも大丈夫だ!」
「良かった、本当に良かったよぉ……」
「行くぞ、突入だ!」
「おぉーーッ!」
一気呵成。フラストレーションの塊であった一行とプレイヤーは、猛り狂う炎のように辺りを蹂躙した。視界さえ確保できれば新キャラさえも敵ではない。立ちふさがる瞬間に撃破、撃破、そして撃滅。リーディスが最深部のボス部屋へたどり着くまでに、それほど時間を要さなかった。
「ケーッケッケ! こりゃ旨そうなニンゲンだわい」
一際大きな空間で姿を現したのはシャークマン。他の個体よりも巨大な図体で、手にした銛などは人を優に上回るサイズだ。かなりの強敵である事は間違いないのだが。
「笑止ッ!」
「ギャァァアーー!」
ガード不能技で瞬時に撃退。フラストレーションの蓄積がプレイヤーを急がせたのだろう。何一つ見せ場の無いままにボス戦は終幕を迎えたのだから。
「勇者様見て、あそこよ!」
リリアが指さす方に女性が1人うずくまっていた。足首に鉄球の枷がある。リーディスはボスの体をまさぐり、鍵を見つけるなり解放した。
「助けてくれてありがとう。私は聖女ルイーズ、神殿から逃げていたら、敵に捕まってしまったの」
憔悴した顔を浮かべながら言った。ふとリーディスは「魔物使いが魔物に捕まるのか」と思ったのだが、それは余計な事である。幕間の設定はあくまでも仮のもの。ややこしい話ではあるが、本編には無関係なのだから。
◆ ◆ ◆
攻略が終わるとリザルト画面となり、それからは楽しい楽しいお買い物タイムが待っている。ケラリッサがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
それにしても、今度は何を買うんだろう。一行は有用なアイテムを期待した。特にリリアなどは祈りたい気持ちになる程だ。
(温かい装備、温かい装備をお願いします!)
プレイヤーの操作によってカーソルがタブを叩き、商品のサムネイルを滑らかになぞる。多少の吟味を経て選ばれた物は、またしても装飾アイテムであった。
「クマちゃんセットですね、毎度あり〜〜」
対象はやはりリリア。装着を終えた彼女は、クマ耳の付いたヘアバンドを頭頂に据え、手首足首の先もフックラとしたクマの手で覆われる事になる。特に両手のまん丸なフォルムと大きな肉球が、何とも愛らしい。
「わぁ、何これ。カワイイなぁ……」
顔色がセリフとは真逆に曇る。日常生活が不便になる癖、保温効果はほとんど無いのだから期待はずれも良い所だ。
(リリア、顔! 顔が死んでる!)
「わぁ何これカワイイなぁ!」
もはやヤケである。手足も乱雑に動かされており、一瞥(いちべつ)しただけでは喜んでるのか憤っているのか、判断に悩まされる姿だろう。
そんな絶叫を耳にしながら、物語は次節へと移りゆくのだった。
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