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「エア・ソード!」
迫り来るのは風魔法だ。鋭利な風刃が仲間達の肌を切り裂き、浅からぬ手傷を負わせる。
突然の襲撃にリーディスは後ろを振り返った。そうして見えた男の姿を、宿敵であるかのように睨みつけた。
「ピュリオス、てめぇ……!」
「ヌーフッフ。敵を挟み撃ちするのは基本中の基本。これぞ知恵者の戦略というものですねーぇ」
「お前、状況が分かってるのか! 今は仲間割れしてるような余裕は無いんだよ!」
「ええ。よぉく存じておりますとも。よぉ〜くね」
ピュリオスが不敵な笑みを浮かべる。すると次の瞬間には、リーディス達全員が触手に囚われてしまった。
「当方は状況分析に自信がありましてねーぇ。どう考えてもアナタ方よりもエルイーザ様の方がウン倍もお強い」
「クソッ。離せ!」
「何て馬鹿力なの……!」
「ゆえに強者の軍門に下りましたんでーぇ、あしからず」
ピュリオスは言葉とともに恭しく頭を下げた。挑発の意味合いが濃い。
「お願いピュリオスさん、アナタも協力して!」
「ルイーズの言う通りよ、エルイーザの暴走を止めるのを手伝って! このままじゃ世界がメチャクチャになっちゃう!」
たまらず声をあげるリリア達。だが必死の悲鳴も全く響きはしなかった。
「確かに仰る通り、世界はとんでもない事になるでしょうねーぇ。あの方がどこまで破壊を考えておられるか、正直測りかねておりますよーぉ」
「だったらオレ達と……!」
「でもねーぇ、別に知ったこっちゃないんですよ。この世がどうなろうとも。私は一般人よりも良い暮らしをして、それなりに威張り散らせるポジションなら、後はなんだって構いませんのでねーぇ」
「ふざけんな! そんな勝手が許されるとでも」
「その勝手を実現できるのが、強者の特権というものですよーぉ。早くご自分の立場をご理解くださいな」
次の瞬間、リーディス達は触手によって高々と持ち上げられ、全員が漆黒の穴へと投げ込まれた。そうして囚人が姿を消すと、辺りは打って変わって静寂に包まれた。美しい湖畔に不似合いな触手も、役目を終えてしまえば大人しいものだ。
「さすがはエルイーザ様。鮮やかなお手並みで」
ピュリオスが荒い鼻息とともに世辞を述べると、水中からエルイーザが姿を見せ、上半身が湖面から現れた。浮かべる表情は固く、戦果を喜んでいる風ではない。
それでも彼女の心の機微を全く読まない男は、なおも一人でまくしたてた。
「ただ、これ程に上首尾で終われたのも、私が絶妙なるタイミングで攻撃を仕掛けたからでしてーぇ。それは作戦の立案をしたワタクシ、ピュリオスの功績というものでしてーぇ」
いささか喋りすぎた。有頂天な彼の口調は、正反対の色を帯びた声で薙ぎ払われる。
「テメェの功績とやらは、この程度が限界か?」
ピュリオスは瞬時に肝を冷やした。そして弾かれた様に空を飛んだ。
「とんでもないです! もっともっと働かせていただきますよーぉ!」
そのまま飛翔した彼は、邪神の塔の方角に消えた。消えゆく背中を見送る事もせず、エルイーザはポツリと独り言を漏らした。
「使えなきゃ、消しちまうだけだ」
それからは彼女の上半身が湖面の下へと吸い込まれていく。遅れて周囲の触手も同じ様にして水中へと消えた。最後に残されたのは、僅かに刻まれた戦の跡だけとなった。
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