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(おや、あれは確か……)
しばらく道を走らせていると、はじまりの平原にうろつく人影を見つけた。不審者同然の動きだが、顔見知りだと知るなり、馬足を落として傍に寄った。
「クラシウスではないか、そなたも災難から免れたのか?」
「ヒィヤァーーッ。喋るニンゲンだぁーー!」
彼はスッカリ恐慌状態だ。頭を抱えて震えるばかりで、とても対話など望めそうにない。
「仕方のない奴よ。ホレ」
王様はちょうどテーブル上で揺れるもちウサギを摘み上げ、クラシウスの顔面に押し付けた。もっちりとした感触が心を癒やし、やがて安寧までもたらしてくれた。
「フフッ。か弱き者、か弱き者よォォ」
「やれやれ。落ち着いたなら話を聞いてもらえんか?」
「よ……よかろーう!」
語尾にいささかの不安を残すものの、クラシウスはこれまでの経緯を訥々(とつとつ)と語ってくれた。
本来ならば邪神の塔は彼のテリトリーである。引き篭もり気質から延々と「お一人様ライフ」を堪能していたのだが、実の妹に追い出されてしまった。 全力で抵抗しても、全く歯が立たなかったと言う。
そこで王様はふと疑問に思った。なぜクラシウスは捕らえなかったのかと。主要キャラ達はひと所に集められたハズではないのかと。
だが大して思案する事もなく、無害と判断された為だと察しがついた。住処を奪われる屈辱を受けても、モチうさぎと戯れるだけの男など障害には成り得ないだろうから。王様は、自分と似たようなものかと、溜息を吐いた。
「それはそうとクラシウスよ。皆を助けに行くぞ、そなたも手伝うのだ」
「嫌だ! 断る!」
「エルイーザはバグに侵されておる。このままでは妹の命も、愛すべき仲間たちも、この世の条理すらも無くしてしまうのだぞ」
「絶対に嫌だ、絶対にだ! アイツは完全な化け物になってしまった、オレの手に負える相手じゃないんだ!」
バグは感染者に規格外の力を宿す。前作のマリウスもそうだ。あらゆるパラメーターが数値異常を起こし、デタラメな強さを発揮するのだ。ゲームバランスを意識して調整されたクラシウスでは、全くもって勝負にならない。
「あぁ嫌だ嫌だ。あの強さはとにかく恐ろしい」
余程の恐怖を植え付けられたらしい。モチうさぎに顔を埋める様などは、縋りつくようにすら見える。これではどっちが弱き者か分からない。
「エルイーザの暴挙を許してしまえば、そのウサギも消えて無くなるやもしれん」
「……何?」
クラシウスが食いついた。瞳の奥には、これまでに無かった闘志らしきものが見えるような、やっぱり見えないような。
「バグに取り憑かれた者が大人しくするものか。手当たり次第に壊し、気に食わねば消し去るというのが関の山よ」
「では、か弱き者も……!」
「十分に有り得る」
クラシウスが手元の柔っこい顔を見た。それはそれはつぶらな瞳をしており、愛らしい声で「もっも」と鳴くではないか。
「……やる。やるぞ」
「何をだ、クラシウスよ?」
「そんな無道は絶対に許せない。それがたとえ我が妹の為す事であったとしても!」
「そうかそうか、では共に往こう。邪神の塔を解放するのだ!」
こうして王様は頼もしい味方を得るに至った。これでもクラシウスは最強キャラの一角だ。少なくとも、玉座に座りっぱなしで運動不足に悩む老人よりは遥かに実戦向きである。いざ移動するとなれば、疾駆する馬と難無く並走できる程には強靭だった。息ひとつ切らさずに駆ける横顔などは、実に頼もしく感じられた。
「あぁ、怖い! やっぱり怖いよぉぉ!」
前言撤回。屈強な体に強靭な精神が宿ると聞くが、それは俗説というものなのかもしれない。王様はそんな事を思い浮かべながら、茂みの中で震えるクラシウスの尻を眺めていた。
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