第23話 バグ大戦4

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 彼が戸惑うのは、周辺の建築様式が異様だからだ。床や壁は純白の石材で出来ており、そこに流線型の模様が黒色で細やかに描かれている。一面がモノトーンの世界だ。壁に備え付けられた松明の光が無ければ、色が消えたと誤認したかもしれない。  リーディスが訪れた場所は深層界だ。ゲームプレイ時に使用される戦場マップや、住民が暮らす街中などの表層界とは異なり、深層界は通常の手段で訪れる事など不可能である。有り体に言えば没データが格納される階層で、ここも膨大なデータのうちの極一部分であった。  もちろんリーディスにとって未知なるエリアだ。いやリーディスどころか、主要キャラの誰も知らぬ世界であり、全容を把握するのは創造主(プログラマー)ぐらいなものだ。 「このまま進んでも平気なのか? まさか、戻れなくなったりしないよな」  リーディスは知らないなりに、奥へ奥へと向かった。カツリ、カツリ。一人分の足音が遠くまで響き渡り、その音が強い不安をもたらした。進むべきか、退くべきか。そんな迷いが生じた頃、不意に横から声をかけられた。 ——よくぞ来た。我が末裔よ。 「ギャァアアーー!」  リーディスは飛びのいて倒れた。心臓の鼓動が聞こえる程に早鐘を打つ。大暴れする左胸を押さえ、声のした方に眼を向けると、一体の彫像が見えた。それがただの像でない事はすぐに分かる。 「これってもしかして、勇者ダリウス……!」  ダリウスとはリーディスの祖先にあたる人物である。ただし互いに面識など無く、物語の設定上で定められただけの血縁関係なので、さすがに親愛の情までは湧かない。それでも状況が状況だ。どこか運命的な巡り合わせで、窮地を打開するキッカケのようにも思えた。  像と向き合いながら次の言葉を待つ。だがそれっきり、一言すらも発しなくなった。スイッチでもあるのかと思い、像をまさぐり、あちこち触れてみたのだが結果は変わらず。単なる置物に成り下がっていた。 「さすがに空耳じゃねぇよな」  未消化な物を感じつつも、更に奥へと進んだ。すると、また同じ声がした。新たな彫像の前を通り過ぎようとした瞬間にである。 ——勇者とは、特定の人物や血脈を指すのではない。危険を顧みず、他益の為に力を振るう者こそが勇者の資格を持つ。  先ほどと同じだ。この像も、言葉を切ったきり無言を貫くようになる。 「他益の為……、つまりは皆の為にって事か」  ダリウスの言葉はまだ終わらない。通路沿いの像を見かけるたび、力強く、そしてどこか温もりのある声が響き渡った。 ——闇は多くを飲み込む。捉えようの無い恐るべき力。だが光だけは飲まれぬ。どれほどか細くとも、光だけは闇に飲まれぬのだ。 ——心の煌めきを失ってはならぬ。手放せば、無明の闇に落ちる。そして永遠に明けぬ夜を抱くだろう。  呟きは教えだった。薫陶(くんとう)だった。勇者という肩書きを、あくまでも役割の一種としか捉えていなかったリーディスにとって、ダリウスの言葉はどれも新鮮である。自分の宿命とは何か、本当の勇者とはいかなる存在か。彼は急速に学び、心の歯車を組み立てていった。  だが残念な事に、ここで不純物が混じりだす。いくつかの像は全く不必要な言葉を晒したのだ。 ——女体は尻が至上である。 ——どのような尻に敷かれるか。それを選ぶ事こそ本懐である。 ——引き締まった尻、肉の薄い尻。どれも良きものだが、やはり崇高であるのは垂れ下がった尻である。  リーディスは足早になった。徐々にダリウスの言葉が疎ましく感じられ、遂には聞く耳さえも捨ててしまった。何もこんな場所で祖先の性癖を知る必要は無いのだ。  それから彼が辿り着いたのは終着点だ。通路に先は無い。しかし宙に浮かぶ不思議な光球が、単なる行き止まりで無い事を如実に物語っていた。 「これは何だろう。何だか懐かしいような、でも初めて見るような……」  光に吸い寄せられるようにして、リーディスの手が伸び、やがて球の輪郭に触れた。すると途端に光は輝きを増し、暴力的なまでに煌めいた。 ——忘れる事なかれ。誰もが勇者と成り得るのだと。 ——勇気の源は心の光。強大な闇を前にしても恐れぬ光。  ダリウスの声だ。リーディスの脳裏に再び教えが流れ込んでいく。だが残念なのは没データである事だ。完成度が低いせいか、やはり不純物が混入してしまう。 ——尻を愛でる時は五感で味わえ。 ——人は見かけによらないが、尻は嘘をつかない。 ——多角的に眺める事で真価を見出せるのは、困難も尻も同様である。 ——尻、尻、美尻。  音と光の濁流がリーディスの意識を遠のかせる。それでも彼は最後の気力を振り絞って叫ぼうとした。 「ダリウス、あんたはどうして……!」  それ以上は言葉にならなかった。リーディスは急激な浮遊感を覚えるとともに、再び意識を途絶えさせた。  どうしてそこまでケツに執着するのか。その一事を聞けないままに。
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