第24話 バグ大戦6

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第24話 バグ大戦6

 邪神の塔がその名に反してかなり広々としているのは、激しい戦闘をこなせるように設計された為だ。リーディスは味方の位置を横目に、素早く位置を変えた。跳躍ひとつで反対側の壁まで飛んでみせる。  もちろんその意図はエルイーザに読まれてしまう。グニャリと歪んだ笑みを浮かべるなり、触手を差し向けた。リーディスの方ではない。いまだ囚われの身である仲間たちに対してだ。 「武器を捨てろォ! 大事な連中がどうなっても……」  その時、リーディスの動きは素早かった。構えた剣で何度も空を斬ると、剣圧が顕在化して疾走した。日輪にも似た輝きを零しながら走る刃は、いとも容易く触手を切り裂いた。 「グワァッ! 痛ぇーーッ!」 「つまんねぇ事やってんじゃねぇよ。観念して真正面から戦え」 「フゥ、フゥ。この野郎、調子に乗るなよ! 今のアタシは無敵なんだ、どんな攻撃を受けても平気なんだよ!」 「へぇ、そりゃスゲェな。とてもそうは見えねぇけどさ」  リーディスの視線に釣られて、エルイーザは自分の足元を見た。何本かの触手は先が千切れたまま、力なく床に這いつくばっていた。切り離された先端も霞みがかったようになり、やがてその身を消失させた。 「再生しねぇ! 何でだよチクショウ!」 「闇は光に勝てねぇ。当然の理屈だろ?」 「チッ……。調子に乗んなクソがぁーーッ!」  逆上したエルイーザが猛攻した。動ける触手を総動員して、とにかく攻め続けたのだ。  そんな浅はかな戦法が通じるほどリーディスも甘くは無い。彼には長年培われた戦闘経験がある。全てを無傷のまま回避し、更には触手に一撃を加えるという芸当をこなしてみせた。  戦況はいまだ五分に近い。それでも少しずつだが、リーディスの方へと傾きだした。時が経つにつれ、触手が一本、また一本と打ち倒されていく。このまま勝敗は決まるのではと、誰もが期待に胸を膨らませた。  そんな優勢ムードの中で、ふと違和感に気づいたのはリーディスだ。 (……うん? あれは何の真似だ)  エルイーザの様子を流し見たところ、相手が指折りに何かを数えている事に気付いたのだ。今、彼女の指は「3」を現している。 (撹乱のつもりか? ともかく集中だ)  多少の危惧を感じつつも、リーディスに熟考する程のゆとりは無い。少しでも気を許せば、瞬く間に触手に捕らえられるだろう。一度そうなってしまえば、抜け出せるかは不明だ。とにかくベストを尽くす事。彼が見出した結論はそれだった。  戦いはまだまだ続く。依然として攻撃は執拗で、リーディスは肩で息をする所まで追い込まれた。触手の数は半数くらいには減った。それを順調と捉えるかは人によるだろう。 (アイツ、また指を……)  エルイーザは無言のままで、しかし指先だけはこれ見よがしに晒している。3本だったものが2本に、そして1本にまでなると、ようやくエルイーザは口を開いた。 「残念だったなリーディス。テメェの負けだ」 「何だと!?」  触手を剣で斬りつけようとした瞬間、辺りには甲高い音が鳴り響いた。刀身が根本から折れたのである。 「オレの剣が!」 「テメェの武器は初期装備だろ。そんなボロがいつまでも耐えられる訳ねぇよな」 「じゃあ、指折り数えていたのは」 「耐久値の予測をしてたんだよ。それにしても気持ち良いぜ、こんだけ見事に予想通りだとな!」  執拗な攻撃は再開された。追い詰められたリーディスは、ならば拳だと言わんばかりに殴りかかる。渾身の力を込めた拳打は強烈だ。打たれた触手も大きく仰け反り、伸びきった筋が悲鳴にも似た騒音を撒き散らした。  だが、致命打には為り得ず、触手は再び活動を始めた。辺りを包んでいた仲間たちの声援も、この頃には悲鳴が混じりだす。 (やべぇぞコレ! せめて丸腰じゃ無かったら!)  いかなる時も焦りは禁物だ。動きから精細さを奪うからだ。  リーディスは乱舞する触手の一撃を掠めてしまう。それに気を取られた瞬間、足を絡め取られ、やがて上半身までも巻きつかれてしまった。 「チェックメイトだ。ゴミカス野郎」  逃れようと必死にもがく。だが締め付けは凄まじいもので、両者の力の差は歴然だ。内側から、しかも素手で触手を破ることは不可能に等しい。 「クソッ。なんて馬鹿力だ……!」 「何が光だ、笑わせんな。結局は強ぇ方が勝つんだよ。歴史を作るのは勝者なんだよ」  勝利宣言にも似た言葉を最後に、エルイーザは残りの触手を高々と掲げた。渾身の一撃で叩き潰すつもりなのだ。もはや勝敗は決した。後は酷たらしく殺されるだけである。  そう思われた矢先、遠くから予期せぬ声が辺りを響かせた。 「勇者よ、邪悪なる者に屈するとは何事かーーッ」  全員が弾かれたようにそちらを見る。窓の外には飛翔する馬に跨り、宙に浮遊する男達の姿があった。 「王様じゃないか! それにクラシウスも!」  馬の鞍の上には王様が、尻の方にクラシウスが腰を据えていた。彼らが天馬のように舞えるのも、ひとえに邪神の魔力によるお陰である。 「救援に来たぞ、苦戦を強いられていると思えたのでな」 「もっも!」 「よく結界を突破できたな?」 「加護のお陰よ。クラシウスと合流できたのは幸運であったわ」 「もっも!」  高笑いをあげる王様の胸で、モチうさぎがモニッと伸びをする。この子も援軍の一員であることを忘れてはならない。 「さぁ勇者よ。再び巨悪を討ち果たし、世界に平和をもたらすのだ!」  王様は剣を手にして、窓の向こうから放り投げようとした。 「受け取れ……ヘップショイゥス!」 「おいフザけんな!」  まさかのクシャミ。上空の寒風が悪さでもしたのだろうか。  もちろん手元は狂う。どうにか窓を通過する事は出来たものの、狙いが大きく外れてあらぬ方へ。バグ殺しの剣はリーディスの前方を素通りし、壁を目掛けて飛んでいった。 「何やってんだよ! このドジ、天然コメディアン!」 「生理現象ばかりは仕方なかろう!」  援護は失敗だ。戦局は好転せず、悲惨な運命も変えられないのだろうか。
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