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事態を理解したリーディス達だが、いつまでも待ち呆けるのも退屈である。誰かがお茶を勧め、その案に全員が乗った。裁判所を模した一画は、早くも座談会の様相へと塗り替えられていく。
「おっ。この紅茶は美味いな。水がキレイだからか?」
「マリウス様、とびっきり甘くしときましたよ!」
「いや、僕は無糖が……。いや何でもありません」
「ミーナや。ワシにも、その可愛らしいおまじないを頼めるかね?」
「すみません王様。これはマリウス様専用なんです」
さすが本職(メイド)の仕事ぶりは上々だった。急な申し出にも関わらず、ミーナは全員の紅茶を用意してみせたのだ。
「紅茶は美味しいけど、何かお菓子も欲しくなるわね」
「またですか。デブりますよ?」
「たっくさん運動したから平気よ。ねぇケラリッサ、何か持ってない?」
「うーん。手元にあるのはサクレツ煎餅くらいッスね」
「わぁ、それ大好きなの! ちょうだいちょうだい!」
リリアは丸煎餅を受け取ると細かく割り、その破片を頬張った。その瞬間に小さな破裂音が鳴り、一瞬だけリリアの頬が膨らんだ。
「うんうん、やっぱり美味しい! デルニーアさんもどう?」
「いや、僕はその……」
彼はせっかくの紅茶にも手をつけず、チラチラと出口の方を盗み見ていた。姉の様子が気がかりなのである。
ちなみにもう1人の肉親クラシウスは我関せずを貫いており、裁判の行方も妹への叱責にも興味を示そうとしない。ただ花壇の側でモチうさぎと、それはもう甘い甘いひとときを堪能するばかりだ。
同じ兄弟でも反応が大きく違うものだが、とにかくデルニーアは心配なのであった。
「まぁまぁ。何も命を取られる訳でもないし。ここはゆっくり待ちましょうよ」
「ですが、今頃どうなってるのかと思うと……」
「良いから良いから、召し上がれ」
「ガフッ!?」
リリアは煎餅の欠片を、強引にもデルニーアの口に投げ入れた。すると彼の口は膨張した空気で膨らみ、その痛みからのたうち回ってしまう。
「うわぁ、熱い! 熱いぃ!」
「ええ!? もしかして辛いの苦手?」
「デルニーさん。うちのリリアがすいません。コイツは辛味と痛みの区別がつかないリアル阿呆なんです」
「何よぉ。ピリッとして気持ちいいのに……」
それからもリリアは何度と無く頬を膨らませた。果たして煎餅のせいなのか、あるいは拗ねた結果なのかは、傍目にはよく分からなかった。
そんな様子でお茶会を楽しんでいると、何やら人の気配が近づいてきた。ようやくお説教が終わったのだ。一同は大した期待も寄せずに出迎えようとしたのだが、居合わせた誰もが眼を見開いて驚いた。
「ルイーズ、その2人は誰だ?」
「嫌ねぇ。エルイーザさんとピュリオスさんじゃないの」
「嘘だろ……?」
どちらも髪型や服装などの類似点を多く残すが、人相は全く別人だった。とにかく萎れているのだ。まるでヘチマやキュウリと顔をすげ替えたかのようにシワだらけで、細くやつれ果てていた。
(一体何が起きたんだ!?)
そんな当然の疑問を問いただす間も無く、2つの震える何かはルイーズに促されて証言台の人となった。仲良く肩を並べてと言うよりは、互いに支え合うようにして立ち、掠れきった声で謝罪の弁を述べたのだ。
「このたびは、しゅいましぇんでした」
「すみません、でしょ。やり直して」
「しゅみませんでした」
「まったくもう……。ねぇ皆、これでどうかしら?」
どうもこうも無い。誰もが首を激しく縦に振るばかりになった。あのエルイーザをどうしたというのか。ピュリオスに何をしたのか。聞きたいような気もするし、同時に知るのが怖いとも思う。
この一件を境にリーディス達の意識は変わった。まず、エルイーザ達への怒りが喪失した事。そして、温厚な人ほど怒らせてはならない事だ。界隈のヒエラルキーが変動する音を聞いたような想いだ。
「ともかくだ。これで一件落着かな」
「ねぇねぇ、せっかくだからお祝いしない? 美味しいご飯とお酒で楽しもうよ!」
「良いなそれ。いつものやっちゃう?」
「異議ナーシ!」
「じゃあ移動だ! はじまりの平原目指して出発だ!」
「休暇さいこぉーーッ!」
いくらか紆余曲折したものの、世界にはようやく平穏が訪れた。こうして間に合わせのお茶会は、飲めや歌えやの打ち上げへと切り替わっていくのだ。
彼らが遂行すべき本来の目的を、完全に忘れたままで。
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