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私は着せかえ人形になれる。
洒落た服を与えられる。
それは私に贈られた慈愛なのだと都合よく信じている。
そんなフリ。
私の生まれた日が十二月の三日だから、私は年末にかけての行事にいつも目まぐるしい。ほんとうに、目が回りそう。お誕生日のケーキを、当日にひとつ。翌日にまたひとつ。今年はラズベリーのレアチーズケーキと、ラ・フランスのショートケーキ。夕食も贅を尽くした料理を、お店でお腹いっぱいになるまでいただいてきた。
生まれた日は、私にとって、玲央にとって、どれくらい特別な日なのか、あまり深く考えてこなかったけれど、毎年こうだから、そうする。
玲央がお休みを調整してくれて、私たちは、お誕生日というとびきりの名目を持って、遠出したりもする。
イルミネーションがいいか、ショッピングモールがいいか、動物園がいいか、テーマパークなんてどうだろう。
町のどこへ出かけても、寒気をあたためるように彩られたライトが、きらきらしている。
クリスマスツリーが、定番色に限らずさまざまな意匠を凝らして置かれている。
そういう季節だから、町行く人々も、どこか浮かれて楽しそう、誕生日を迎えた私と同じように、幸せそう。
シンクロしているのかな。
クリスマスがきたら、また玲央と一緒にケーキを選んで、二日かけていただく。クリスマスだから、ピザも食べたりする。年末にお蕎麦を食べる。ひときわ大きなエビを買ってきて、天ぷらにして、玲央と一緒に年を越す。
年が明けたら、私が丹精込めて作ったおせち、お雑煮、ちらし寿司。連休だから、どこかへ出かける。町の様相は、クリスマスから一変、めでたい意匠に成りかわる。
町中が、新鮮な気持ちにあふれて楽しそう。
私がそわそわしながら迎える誕生日から、じいんと噛みしめて感じるやさしい時間は、ひと月以上にわたって続くのだ。
胸がつまって、お腹もつまる。
風は冷たいのに、私を包むコート、マフラー、ニットの帽子が、私を存分に熱で満たす。誕生日が十二月だから、私に贈られるものは、毎年あたたかいものになる。
衣装ケースには、高価で特別な冬物が、あふれていく。
玲央は着飾るのが好きだ。
男のセンスにこだわりがある。
私はこだわりのある人が好きだ。
玲央は私に、着飾るものを与えてくれる。
誕生月はとくにそうだ。
セーターとスカート。コートとブーツ。ニット帽とマフラー。
いつだったか、玲央に、「花はそこら辺のやつより、服が似合う」と言われた。単純な私はひそかにとても喜んで、みるみる内に玲央に心を開いていった。私も着飾るのが好きだったから、最上級の褒め言葉だと思った。後に、玲央はあのときそう言ってくれたよ、と私が言うと、玲央は、「俺、そんなこと言った?」と、きょとんとしていた。なんて無責任な。でも許す。
服飾の知識が豊富な玲央は、本物の服好きだ。
私はゆっくり、じわっと、骨身に染みるように理解していった。
オープンカラー、ショールカラー、スタンドカラー、キモノカラー、ノーカラー。なんとかカラー。もっといろんなカラーがある。知っている人には当たり前の知識なんだよね。むしろ服が好きなのに襟の種類のことも知らないで、自分に似合う襟も分からずに、服が好きだという私はなんて半端者だろう。
去年、玲央が買ってくれたコートがなんて言うのか、出先で人に聞かれても、私は首を傾げるしかなかった。
知らなかったんだもん。
帰ったら、真っ先に玲央に聞こう。
自分で調べるより、玲央に聞いた方が早い。
玲央の博識を、披露してもらったら、私は満たされる。そうなんだ、知らなかった、すごいね! 言って、玲央が自慢気に口元を緩めるのを見るたび、私が玲央の自尊心を満たしてあげたみたいな気持ちになる。
今年も十二月に入る。私はモッズコートに袖を通す。
去年貰ったこれは、モッズコート。というらしい。コートの名前ひとつひとつに由来があって、用途があって、伝統があったりする。調べていたら、きっとキリがない。
でも、玲央はよく知ってる。
なんでも知ってる。
それを語るときの玲央は、なんだかいつも以上に魅力に感じる。
ずるいなって思う。
知識、意欲、センス。私にないものを持ってる。私が欲しいものを持ってるから、私は玲央をまるごと欲しい。
クロゼットの中身を数年、整理していなかった。
改めて見ると、とにかくコートが嵩張って、去年着てない、とか、忘れてた! とか、玲央からの贈り物を無下にするつもりはないのだけど、放置してしまった罪悪感がうっすら、わいてくる。
今年も、十二月を迎えるまでに玲央に連れられて、幾度も服を見て回った。気になったジャケットと、コートと、スニーカー。どれも試着してみて、これいいなあ、持ってないアイテムだよー、と玲央の前で、浮ついたように語った。
先月、一足早くセールになっていた店で、セーターとスカートを買ってもらって、以来、玲央と出かける時、頻繁にそれを着ている。
新しいものは気持ちがいい。
新しい風が吹きこんでくるみたい。
馥郁とした運気が流れこんでくるような気がする。
楽しい。
すごく楽しい。
玲央は自分の着ている服も、私にくれる。
メンズのゆるいサイズ感のトップスを着るのは身体がラクだって言ってるみたいで、ラフに着れる。ボトムス以外の服はほとんど、玲央の服でいっぱいになってしまった。
玲央の着せかえ人形みたい。でも、自分で選ぶよりセンスがいいから、委ねてしまっている。
そしてときどき、女子会なるものからお呼びがかかって断れない時、私は焦っている。女子の会だから、女子のコーディネートを要求されているのだと、勝手に焦る。リュック背負ってメンズライクなスニーカー、じゃなくて、小綺麗なバッグ抱えてスマートなパンプス、を要求されている。
そういう妄想にとらわれる。
でも実際、そうなんだ。
町の中心部へ赴いて、着飾った女子というのは、流行りとブランドで纏めた女子装備。
なんて煩わしい。
自分というものがないのだ。自分の軸になるものがなく、世間と流行に合わせることしか頭にないのだ、きっと。
馬鹿らしい。付き合ってられない。私は酷い言い様で軽蔑するように、心の中に吐き出した。吐き出した瞬間、すっとした心持ちになって、以来女子会をシャットアウトし、女子たちの会からお呼びはない。呼ばれなくて心底ほっとしている。
私は玲央が見立ててくれる、質の良い布に包まれる。
ちっとも寒くなくて嬉しくなる。
クロゼットを掻き分ける。自分で選んだ衣装は融通がきかなくてぱっとしない。玲央が選んだものにばかり、手が伸びる。少しは断捨離しようかな。掻き分けていると、紺地に赤いチェックのマフラーを見つけた。
ひどく懐かしかった。
手に取ると郷愁がよみがえった。
もう十年以上前のものだ。
ショッピングモールで、十二月で、セール中。人でごった返しの店内で、私の目を引いたもの。あの時、兄妹の誰より私を贔屓にしていた父親が、家族が別の店を覗いている隙に、おねだりして、買って貰ったものだ。後ですぐに家族にバレて、母親は渋い顔をして、妹はじと目で見ていたけれど、そんなことはどうでもよかった。本当に欲しかったから、与えられて心底嬉しかった。
私は、ハンガーにかけたマフラーを、壁掛けに吊るした。
大きなバッグや、小物入れたちの上に重なるように掛けた。
触ってみる。少し毛羽立っている。
父が亡くなってからも、数年間愛用していた。
就職して、自分で買ったマフラーも増えて、次第に機会を無くしてクロゼットで長い長い眠りについていた。
一年、二年、使わないものは、もう使うことはない。そんな言葉をどこかで聞く。
けれど、このマフラーだけは捨てられなかった。何度も、当分未使用の袋に入れ、後一年使わなければ処分しよう、と決めて袋を覗くとき、そのマフラーだけはまた、クロゼットに戻る。袋とクロゼットを行き来して、またクロゼットにいた。
流行りに関係がなく、使えそうなんだけれど、最近のダウンコートやモッズコートはあたたかいから、マフラー使用率は下がってる。この特別な一枚の布が、父が最後に与えてくれた装飾品だ。
数か月前にこれを見つけて、暑苦しい季節などお構いなしに、座って手に届く壁掛けにずっと飾っていた。
「花、どこか行きたい? 欲しいもの、ない?」
十二月。玲央は私に言った。
欲しいものは、頭にたくさん浮かんだ。
ナイロンジャケット、防風スニーカー、長い丈のコート。アウターはどちらも、色が紺系だったな。三日月型のネックレス。きれいな色の靴下。ちょっと良い感じの水筒。小型のショルダーバッグか、年中使える生地のリュック。
「欲しいもの、うーん、うーん、玲央くん!」
玲央くん! だって。なによう。そんなに笑わなくたっていいじゃないか。私は値段のつくものより、玲央が一緒に居てくれることが、一番のプレゼントだ。一緒に居てね。今年も、来年も、ずっと一緒に居てね。
それが私の願い。
誕生日の夜。部屋で玲央と一緒にラ・フランスのショートケーキを食べた。
「マフラーとニットキャップがさ、出てたから買った」
玲央は唐突に切り出した。
私はスポンジにフォークをさしながら、玲央を見た。だいたい、いつも事後報告。
玲央が気になってる、と言った時点で、そのアイテムはネットショップのカートに入っていて、さくっと親指で押してしまえば購入完了。そう聞いたアイテムは、数日後、玄関に鎮座している。
だから家計なんてお構い無し。に見えるんだけど、本当はちゃんと真面目に考えてる人だから、理想と現実のギャップに苦悩しているのだと思う。
私への贈り物。
豊かな生活。
非日常へ誘うための遠出資金。
自分たちを着飾って、質のいい素材を口にして、楽しい、やさしい場所へ連れていってくれる。
将来の備えも大事だよ。でも言わない。言えないんじゃなくて、言わない。玲央は賢いから、私みたいにぼんやり、ふわふわしてる頭で考えてるんじゃないから、咎めるとしたら、私の呑気さの方だ。
玲央の慈愛を踏みにじりたくない。
「そうなんだ、それって揃いの柄? セットアップ的な? あのブランド?」
「去年出てたアイテムに近い」
「そっか、じゃ、きっといい感じだよね」
「うん、まあ……花、使う?」
「え、うん! 使いたい!」
玲央が選んだ。
だからデザインに間違いはなく、かなり洒落ているはずだ。例年のことだから、私の勘は外れない。玲央から与えられたニット帽は年々増えているが、マフラーは久々だった。玲央があまりマフラーをしないから、マフラーは少ない。実はカバンも少ない。そんなことを考えて、のろのろとスポンジと格闘していた私は、玲央のお皿が空になっているのに気づく。いつのまにか消えちゃったケーキ。喋りながら食べる、玲央は器用。
服のことを考えついでに、私は思い出す。
「ねえ、玲央、あの茶色いコートはモッズコートなんだよね」
「ああ、うん」
「じゃあ、こないだ見てた、ロングのコートは何て言うの? あれもモッズ?」
「フィッシャーマンコート」
「ふぃ……フィッシャーマン?」
そう、と玲央は頷く。
フィッシャーマンだって。
なにそれ。
はじめて聞いた。
欲しいものと聞かれ頭に浮かんでいた長い丈のコート。モッズコートに似てる気がした、あれはフィッシャーマンコートって言うのか。フィッシャーマン? フィッシュ? 魚? 釣り? なんだか新しい。実はみんな知ってて当たり前のことかもしれないけど、私にはすごく新しい。俄然、欲しくなってきた。フェイクムートン、ダッフル、ウール、ダウン、ボア。手近にあって覚えてる所持アウターはそれくらい。ナイロンジャケットも持ってないから興味を引かれたけど、フィッシャーマンコートという名前と、着心地を思い出して、強烈に胸に迫ってきた。
フィッシャーマンコートが欲しい。
今すぐ言いたいのをこらえた。
欲張らないほうがいい。
こうして玲央とケーキ食べてる。こういう瞬間が一番なんだから。
後日、私はクロゼットを漁った。
防寒アイテムを前に出して、この冬に着たいものを整理する。去年履かなかったブーツ。今年はと思って箱から出す。クロゼットの内側扉に吊るした袋を開ける。もうなにをどこに置いたか定かでないものがたくさんある。
必要なものと、そうでないものが、混ざってる。
なにが自分に必要なのか、すうっと答えが出ない。
私を満たすためのアイテムのなかに、不要なものが混ざってる。はやめに取り除かないと、私は私を見失う。多すぎて、あふれていて、気持ちが混濁してくるの。
玲央はもっと上手く整理する。きれいにたたんで、ケースにまとめて、ひとつずつ大事に扱う。玲央は大事なものだけを扱う。不要なものは、最初から取り入れない。やっぱりどうして賢い。
そして、だからこそ、玲央のそばにいられる私は、大事にされているんだと思う。
袋の中にはマフラーがいくつか入っていた。こんなところにも懐かしいものが。毛糸、カシミヤ、それから。なんだかわからない、ふわふわの薄茶色いマフラー。ファーみたいにふわふわ。ぐるっと一周させたら、通す穴があいていて、簡単に巻けちゃう。
玲央が買ったというニット帽と揃いのマフラーは、私の棚にそっと置かれていた。ベージュに深緑の模様がシックで、やっぱりいい感じ。それなりに高価で上質。
このふわふわマフラーも、数年前に玲央が買ってくれた。レコード店に入りかけた脇にあった店で、偶然出会った。破格の三百円だった。玲央が私に与えてくれた。ふわふわで、あたたかくて、お値段以上。
玲央は物の質を見抜く目があるのかも。
玲央の感覚が羨ましい。
バランスがいい。
声がいい。
気遣いがいい。
私が一生かけて欲しかった人。
ふわふわマフラーだけ引っ張り出して、抱きしめる。壁に向かって座り込んで、もうひとつの大事な、チェックのマフラーに触る。お父さんからもらった形見みたいに思う。もう使わないかもしれないし、いつか使うかもしれない。
きっと一生、ここに置いておく。
私はチェックの、少しかたい生地に額をくっつけて、祈る。
お父さん。私、大事な人ができたよ。結婚して、よかったなって、思ってるよ。……会ってほしかったなあ。
そう心に吐き出して、私の身体は慈愛に満ちる。
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