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元々、女中奉公は、若い女性が嫁入り前に親戚や知人の家に住み込んで家事を教わる、いわば花嫁修業のようなものである。なので、身元がしっかりとした縁故関係の者を雇うのが普通で、結月のように無縁の者を受け入れた野宮家の方が珍しかった。
女中の他にも工場で働く女工の仕事もあるが、結月は個人的な事情で、大勢の人間が集まる場所を避けたかった。
縁故関係が強い田舎では、女中仕事を探すのは難しい。だが、都会では最近、女性の社会進出がさかんで、職業を斡旋するための訓練所や紹介所ができたと野宮家の奥様から聞いた。
身元は確かでなくとも、七年間奉公していた経験がある。奥様からは紹介状も書いてもらった。都会でなら、女中仕事を探せるのではないかと結月は考えていたのだが……。
無理だったらどうしよう。結月は、膝の上にある風呂敷包みを無意識のうちに握りしめる。
「あの、何か問題があるでしょうか?」
「あっ、いえいえ。まったく問題ありませんよ」
職員はにこやかに取り繕った。そして、「ちょっと待ってて下さいね」といったん部屋を出ると、大きな封筒を持って戻ってきた。
「ちょうどいいお宅があるんですよ。郊外にあるので、ここからはちょっと遠いんですけれどね。最近女中が辞めたばかりで、急ぎで探しているそうで。いかがです?」
「は、はいっ、もちろん、ぜひともお願いします!」
封筒から書類を取り出す職員に、結月は一も二もなく頷いた。
おさげ髪に地味な縞模様の着物を着た少女を入口で見送る職員に、声が掛かる。
「先輩、よかったんですか?」
「ん? 何が?」
職員が振り返れば、後輩の若い男性職員が眉を顰めていた。職員は巻き煙草を手にし、マッチで火を点けながら答える。
「紹介状はあったし、見た感じ真面目そうな子だったし。斡旋しても問題は無いだろ」
「そこじゃありませんよ。彼女に薦めた、“あの家”のことです」
先ほど尋ねてきた少女の仕事先を見つける際、この後輩に“あの家”の書類を出してもらっていた。だから気になるのだろう。なおも言い募る後輩の言葉に、職員は煙草に口を付けて火を点した後、紫煙を吐き出した。
「なに? お前、あの子のこと気に入ったの?」
「えっ!? な、何でそうなるんですか!」
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