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「まあ、確かに色白でけっこう可愛い子だったけどな。イモっぽい純朴そうなところもいいし。磨けば光るかもなぁ、ありゃあ」
「先輩! 茶化さないで下さいよ」
怒る後輩に、職員は唇の端を上げる。眇めた目で、後輩を見やった。
「毒を以て毒を制すって言うだろ? 訳アリには、訳アリを宛がった方が上手くいくんだよ。たぶん」
「……だからって、“あの家”を紹介するなんて、ひどいじゃあありませんか。あそこ、この三か月で四人も女中が辞めているんですよ?」
後輩の咎める視線に、職員は肩を竦めた。
「仕方ないだろ、こっちだって“あの家”には困らされていたんだからな」
都市部の若い娘の間に噂が広がるのは早い。特に、悪い噂であればあるほど。
――『あの家、奇妙なことばかり起こるのよ』
噂が広まれば、件の家を薦めても断られて、なかなか新しい女中が見つからない。すでに前の女中が辞めて三週間が経ったところに、丁度あの子が来たのだ。
田舎から出てきて、事情を何も知らない娘が。
「……帰る里が無けりゃ、早々すぐには辞めないだろ」
仕事は親切心ばかりではできない。職員は打算を多く含み、先ほどの少女に仕事先を紹介していた。
その職員の意図に気づき、後輩は溜息を零す。またすぐに辞めても知りませんよ、とだけ言い残して、机へと戻っていった。
残された職員は、窓に近づき外を見やった。
罪悪感は無いが、達者でやれ、と健闘を祈る気持ちはある。そう思って少女の姿を探したが、雑踏の中についに見つけることはできなかった。
***
慣れない市電に乗って向かったのは、賑やかな中心部から離れた、郊外の暁町であった。
結月が「暁南」という停車場に降りると、そこは建物ばかりの街と違い、緑の生垣が続く住宅地が広がっている。
紹介所でもらった簡単な地図と番地を頼りに、結月は目的地へと歩き始めた。
途中で人に尋ねながらたどり着いたのは、周辺の住宅と同じように緑の生垣に囲まれた一軒家だった。
三角屋根の二階建ての建物は、村では見ることの無かった洋風の文化住宅だ。灰色の屋根瓦に、明るい生成り色の壁。白い扉や窓枠が明るい印象を与える。綺麗な、普通の家のように見えた。
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