10人が本棚に入れています
本棚に追加
ネオンカラーのストローが刺さったグラスの表面を、水滴がいくつも伝い落ちていく。
中を満たす飲み物はいっこうに減らなかった。
それを飲むべき彼はテーブルに肘を突き、眼前に広がるホテルのプライベートビーチを見つめている。
日に焼けた鼻筋にかかる前髪をどけようともしなかった。
「新聞か何かお持ちしましょうか?」
僕はどうしても気になって声をかける。
ウェイターとしては放っておくのが正解かもしれなかった。
「ありがとう。でも……」
やや色素の薄い瞳がこっちを向く。
「その必要はないよ」
予想通りの答えが返ってきた。
「失礼いたしました。何かありましたらお呼びください」
僕はトレイを小脇に挟み、軽く頭を下げてみせる。
グラスの水滴がテーブルを濡らしているのが気になった。
――ビーチに日が落ちた頃。
ようやく空いたグラスを残し、彼は立ち上がる。
「ごめんね、長居した」
「いえ。こちらはお客さまに、ごゆっくり過ごしていただくための場所ですので」
物思いにふけっていた彼が今は笑顔だったので、なんだかホッとした。
何があったのか。それはずっと気になっていたけれど、安易に詮索できない。そっと背中を見送る。
と、行きかけた彼が僕を振り返った。
「あのさキミ……」
「……え、はい」
胸の鼓動が跳ねる。
「気にしてくれてありがとう」
「はい? ああ、いえ……」
新聞を薦めようとしたことを言っているのか、それとも彼のことを気にかけていたことに気づかれていたのか。
見透かされていたみたいで恥ずかしい。
「また来るよ」
彼は照れくさそうな顔で言って去っていく。
このホテルに何泊するのか知らないが、宿泊中に来るということだろうか?
だったら少し楽しみだ。
単なる社交辞令かもしれないけれど……。
その「また」が実現したら、その時はもう少し……。
短い言葉が胸に波紋を作る。
「ぜひ。お待ちしております」
夕日に染まるテーブルで、僕は彼の残していった水滴を、指先に感じながら拭き取った。
最初のコメントを投稿しよう!