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二人はお互いに信頼している。それなのに、あたしは万里子さんを馬鹿にしてきた。色々と貶めようと必死になっていた。ああーー。あたしって何やってんだろう。
樋口さんが愛した万里子さんは家事をこなしながら祖母の世話もしている。
でも、あたしは……。あたしは、どうなんだろう……?
ヒューッ。ヒューッ。上空で冷たい風がうねり、舞い上がる木の葉がピシャリと頬に当たった。その瞬間、夢から目覚めたようになってビクッと肩を揺らす。急に、取り巻く世界がクリアになってハッとなる。
薄暗い祖母の畳の間の電動ベッドと寂しそうな横顔が頭に浮かんできた。骨折して以来、祖母は無口になり憔悴している。
あたしが母親を失った頃、祖母は六十一歳になっていた。祖母が幼稚園への送り迎えをしてくれた。小学校の参観日の日も運動会日も親代わりとなっていた。毎日、毎日、お弁当を作り続けてきたのに、あたしは事あるごとに不平を漏らしていた。
『おばぁちゃん、魚の煮付けなんて弁当に入れないでよ! ほんと、やだぁ』
これまで、しっかり者の祖母がいたから何不自由なく暮らせた。それなのに、祖母をやっかい者のように感じていた。こんな薄情な女の子を樋口さんが好きになる訳がない……。
何だか鼻先がツン痛くて胸がキュンと軋む。
ポロリ。ポトンッ。あたしを取り巻く世界が一気に剥がれ落ちていく。裸の王様のようになっている。
あたしは優子。優しい子になる事を願って母さんが名付けたらしい。
『お姉ちゃんは優しいね。勉強、教えてくれてありがとう』
夕菜のホワンとした声を思い返すと罪悪感で胸がキーンと痛くなる。あたしは優しくないのだ。
夕菜親子がダサくて冴えないタイプなら、きっと、あたしは結婚に反対していた。樋口さんのことにしても外見が悪かったら恋なんてしていない。
あたしは、上っ面を重視するつまんない奴なんだよ……。
公園で何度も樋口さんとデートする事を頭に描いてきた。でも、もう、それもお終いにしよう。勝手に空想して浮かれて一方的に嫉妬したして馬鹿みたいだよね。
どんどん、心が冬枯れの世界へと沈み込んでいく。頭の後ろがジンと痺れたようになる。気が昂ぶっているせいだろう。苦くてしょっぱいものが胸に込みあげる。困った事に目尻に熱い涙が滲んで嫌悪感で胸が曇ってきた。
さよなら、馬鹿なあたし。
ワーッと闇雲に叫びたくなる。マジで情けない。けれども、悲劇のヒロインのようにメソメソと泣くものか。腹の底に力を込めながら想った。このままじゃ駄目なんだ。
家に帰ったら、おばぁちゃんに話しかけよう。
あちこちで街灯が灯り始めている。あたしは家路を急ぎながら、現実の世界へと踏み出そうと誓っていたのだった。
おわり
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