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『猫好き同士で気が合うのかもしれないね』  いつのまにか、周囲の人も二人を祝福するような雰囲気になっている。みんな純愛が好きなんだね。でも、あたしは胸が締め付けられて息が苦しくなる。  猫を介して知り合ったようだが、猫好きな女の子はこの世界に大勢いる。そんなの付き合う理由にならない。いつから、樋口さんは猫派になったのだろう。  万里子さんみたいに地味な子が好きだというなら、あたしでもいいような気がする。愛の為なら、今すぐに猫好きになってみせるよ。  あたしは万里子さんのことを疎ましく感じていた。メラメラと闘争本能のようなものが自然と芽生えてしまう。我ながらどうかしている。 『万里子さん。あなたは樋口さんに相応しくありません! あたしに下さい!』   そんなふうに叫ぶ夢を見て目覚めてしまった朝もあった。心がヘドロ状になっている。  万里子さんが、おばぁさんの手を繋いで商店街を歩いている様子をみかけた事があるのだが、おばぁさんは万里子さんの中学時代の体操服を身につけていた。  うちの祖母は近所を歩く時でも高級寿司屋に行くかのようにきちんとしている。孫の名前入りのジャージを着て歩くなんて有り得ない。  それに、万里子さんの服装もヒドイ。ダランとしたTシャツにウエストががゴムのスカートにサンダル。どれもこれも着古している。だらしない服装で平気で歩く人は格好悪い。祖母の美意識があたしの中にもきちんと根付いている。パリコレのモデルみたいに素敵な樋口さんとに乏臭い万里子さんは不似合いだ。  しかし、樋口さんが選んだのは貧乏臭い服装で出歩く冴えない万里子さんなのだ。  やがて、ニ学期が始まった。大地を焦がすほどの暑さは去っていた。空気が綺麗な十月。あたしは出口のない負の感情を持て余して苛々していた。  深夜、嫉妬という言葉を辞書で引いてみた。人を妬む事だと理解していたが、その本によるとこう記されていた。 『本来なら自分が得られたかもしれないと思うものや、自分か得たいと切望するものを他者が得ている様子にショックを受けて悔しがること』  そういえば、あたしはミスユニバースの優勝者を妬むことはない。あれは人事だもんね。  でも、自分が応援しているスポーツ選手がメダルを獲り損ねると腸が煮えくり返るほどに悔しくなる。自分が推している人が得るべきものを他の人に奪われたようで悔しいのだ。  樋口さんに関しては、あたしが得るべきチャンスを万里子さんに横取りされたような感覚になっているのかもしれない。   確かに、あたしは祖母の血を確かに引いている。ジェラシー全開になっている。祖母のちえみさんに対する態度がキツイ理由が分かった気がする。とにかく理屈抜きに悔しいのだ。相手の存在が気に入らないのだ。  こんな自分を何とかしたい。頭では分かっているのに胸を焦がす嫌な気持ちを消す事が出来ないでいる。  なぜ、樋口さんは万里子さんを好きになったのだろう。  父さんとちえみさんの時みたいに本音を聞いてみたい。  ちえみさんと父さんが結婚すると決める前、ホテルのロビーで会った。華やかなワンピース姿の綺麗なちえみさんが、真っ直ぐにあたしを見つめながら言ってくれたのだ。 『あのね。優子ちゃん。あなたの気持ちを正直に言ってね。優子ちゃんが嫌なら結婚はしないわ』  その時、ビックリしながらも正直に答えていた。 『あたしは父さんが誰と結婚しても構いません。でも、聞かせて下さい。父さんの何がいいんですか? 何の魅力もない平凡な人ですよ。一緒にいても退屈じゃないんですか?』 『正義さんは気の効いた事は言えないわ。だけど、それでいいの。正義さんは嘘をつかないもの。隠し事もしない。正義さんは、律儀だから、あたしとの約束を守ってくれると思ったの』  『約束って?』 『もし、あたしが死んでも、娘の夕菜の面倒を見てくれると誓ってくれたの。それが、再婚する一番の理由なの』
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