1/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ

「リリーちゃん、おいで」  それは、高校一年の十一月の初旬の出来事だった。祖母が犬の散歩の途中で側溝に落ちて足首を骨折したのだ。長期のリハビリが必要だと言われて祖母は落ち込んでいた。  最近の祖母は右手で杖をついて前のめりの姿勢で移動するようになっていた。今朝も、ちえみさんが、祖母を整形外科へと送り迎えをしている。  あたしがリリーちゃんの散歩をする事になった。いつもは近所の公園で済ませているけれど、今日は遠出をする事にした。公園の様子はあの当時と殆ど変わっていない。いや、一つだけ変化があった。万里子さんが暴漢に襲われた遊歩道には複数の防犯カメラが設置されている。  このゾーンは繁みや垣根のせいで周囲から見えにくい。こういう寂しい場所にいたから変態に声をかけられたのだな。  いつか、樋口さんに助けてもらったお礼を言おうと思っていた。いざ、同じ高校に進学したものの話しかける事が出来なかった。  アンデルセン童話の人魚姫のようだな……。好きですと言いたいのに、相手に伝えられない。こんなの哀しい。片思いの切なさが泡となって消えてしまうのを静かに待つしかないのだろうか。  せめて、万里子さんと付き合いだす前に樋口さんに話しかけるべきだった。そしたら、今頃、あたしは樋口さんの彼女になっていたかもしれないのに。  樋口さんに、あたしという人間を知ってもらいたい。そしたら、何かが変わるかもしれないのに……。  あっ、リリーちゃん引っ張らないでよ。  そう、ここはリリーちゃかのおしっこポイント。おしっこを終えた後、のんびりと歩く。  カサカサ。あたしは枯葉を踏みしめて石畳の遊歩道を進んでいく。その時、たまたま見てしまったのだ。雑木林に囲まれた遊歩道に車椅子の男と素朴な雰囲気の女児が向き合っている。  十二歳ぐらいの痩せた女の子に話しかける中年男の横顔を見た途端、あたしの胸に眠っていた記憶の針がツツーーと作動した。どこかで見たような顔。あっと気付いた瞬間、嫌悪感が背中にザーッと走った。脚が震えた。まさか。そんな……。  そいつは同情を誘うような目付きで女児に話しかけている。 「おじさんは身体が不自由なんだよ。トイレの手助けしてくれないかな」  ああーーーー。やっぱり、あの時のあいつだ。間違いない。またしても障害者のフリをしているのだ。あの頃と髪型も同じだった。  でも、あの時は健常者だったとしても、今は何らかの障害を負っているのかもしれない。そもそも女児が好きな変態というのは、こちらの誤解している可能性もある。  いきなり割り込んで、やめて下さいと注意していいのかどうか迷うところである。変に煽って逆切れされても困るんだよね。えーーーっ。どういうふうに確認したらいいの?   ホワンとした顔立ちの可愛い女の子は脚の不自由な人を助けようとしている。たどたどしい手つきで車椅子を付こうとしている。  セミロングの真っ黒のサラサラヘアのひたむきな雰囲気の女の子は、人を疑ったりしなさそうな顔をしている。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!