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 いや、でも、あたしの野生の勘がビンビンと警告している。あいつは怪しい。あの男と一緒にトイレに入ったりしたら駄目なんだよ! 悪い人かもしれないんだよ!  ああ、どうしたらいいの!  頼りになりそうな大人の男性を求めて焦った。雑木林の向こう側へと視線を渡らせていく。元々、このエリアには人が少ない。  この際、ヨボヨボのおじぃさんでもいいのに……。なぜ、こういう時に限って誰もいないのだろう。あの娘はどうなるのよ? 心臓がバクバクして息が苦しくなる。凶事が迫っているというのに怖くて踏み出せない。  図書館には大人の男性が大勢いるけれど、そこまで行って探している暇はない。  色々と躊躇しながら生け垣の葉陰から覗いていた。オタオタしなからどうしたものかという迷いの気持ちを抱えていた。すると、涼やかな声が聞こえてきたのだ。 「あの、待って下さい。あたしがお手伝いします」  この時、反対側の繁みの隙間から若い女性が出てきたのである。小柄だった。白鷺の制服を着ている。  えっ。あたしは、まさかという気持ちでポカンとしていた。雑木林から進み出てきたのはスクールバックを肘に下げている万里子さんだった。万里子さんが凛とした声で話しかけている。 「おトイレの介助なんてこの子に無理ですよ」  そうそう。その通りなんだよ。つーか、万里子さん、そいつは変態の可能性が高いんですよ。あなたが変態の餌食になってしまうかもしれないんですよ。  この時、やっと覚悟が決まった。えい、やーと、気合いを入れて草陰から踏み出していく。 「あ、あの、あ、あたしも手伝います。一人より二人の方が力強いと思います!」  二人なら怖くない。仮に、こいつが変態であろうとも闘えそうな気がする。  でも、奴がスタンガンやナイフを持っていたらどうしよう。  内心、心臓をバクバクと揺らしていた。多分、あたしの顔は緊張と恐怖のせいで険しくなっていたに違いない。車椅子の男はハッとしたように顔色を変えたのだ。どうやら、あたしの顔に見覚えがあったらしい。  一瞬、うっと男が顔を引き攣らせている。 「あ、いや、もういいよ。もういいんだよ……」  アフフタと急旋回しようとしている。そのまま、パラリンピックのアスリートのような勢いで石畳の遊歩道を進んでいる  やはり、あの男は心にやましいものを秘めているのだと確信していた。ガチの変態なのだな。あたしは万里子さんに小声で告げていく。 「あの人、多分、女児を狙っていますよ」  当時の記憶を辿って行くうちに、あたしの声音が震えてきた。 「実は、中学生の頃、あいつに声をかけられた事があるんです。トイレの介助して欲しいと言われました。でも、たまたま通りかかった男子生徒が自分がやると言ったんです。そしたら、あいつは慌てて逃げ出したんです」  万里子さんは少し考え込むような顔つきで呟いている。 「あたしも何となく変な人だなぁと思っていたの。それで、藪の隙間から様子を見てたんだ。もし、本当に介助を必要としているなら気の毒だから、お手伝いしようと名乗り出たんだけどね……」  言いながら、万里子さんがシャキッと眦を引き締めている。 「変態かどうか確認しなくちゃ。ちょっと見てくるよ」  身を翻して軽快に駆け出している。ええーーー。どこに行くのですかーーー。驚いた事に変態男のあとを密やかに追跡しているではないか。
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