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ええーー。あなたは怖くないのですか。ていうか、どうやって、変態かどうかを確認するつもりなのだろう。
男は車椅子の車輪を自分で回してガタつく石畳の遊歩道から駐車場へと向かっている。追跡する万里子さんは真剣そのものである。ずっと、男との距離を常に用心深く保っている。あたしも、忍者のように万里子さんの背後に張り付いて移動していった。
駐車場と雑木林は金網で区切られている。万里子さんとあたしは生茂る低木の隙間から慎重に観察を続ける。心臓がバクバクしている。
男の車椅子は黒の小型のワンボックスカーの近くで停止したかと思うと、キョロキョロと周囲を見回した。数台の自動車が停まっているが他に人影はなかった。男は車椅子から下りて両脚で立った。そして、澱みなく車椅子を折り畳むと軽々と車に収納していく。スッと運転席に乗り込むと車のエンジンをかけたのだ。
車には障害者を示すステッカーなどは貼られていない。
ああ、間違いない。あの男の身体はどこも悪くないんだよ。あいつは悠々と駐車場から公道へと出て行った。ふと、脇を見ると、万里子さんが胸ポケットからペンを取り出していた。手に何かを書き込んでいる。そして、キリッとした顔で言う。
「まだ何も起きてないから通報するのは早い気もするけど、何かあってからじゃ遅いもんね。交番に行って、あの男の車の番号を通報しておくよ」
つぶらな瞳を細めてから、ハッとしたように踵を返している。
「あの女の子にも教えてあげなくちゃ!」
あたし達は小走りで戻っていた。小柄な女の子が心許ない顔でベンチに座っていた。万里子さんが、ホッとしたように頬を緩めている。そして、腰を屈めて女の子の目を見つめながら囁いたのだ。
「よく聞いてね。先刻の人は悪い人だったよ。今後は知らない人に声をかけられてもついて行かないでね、同じような事が起きたら周囲の人を呼んで逃げてね」
万里子さんが伝えると怯えたような顔でコクンと頷いた。女の子を癒すように痩せた背中をトンと優しく押し出したのだ。
「日が暮れないちに家に帰った方がいいよ。今日のことは家の人に話してね、約束だよ。お友達にも話してね。みんなで気を付けてね」
万里子さんの微笑みに女の子は素直に頷いた。ヒラリと元気良く帰っていく。
「知っている女の子ですか?」
「時々、あの女の子を図書館で見かけるけど誰なのかは知らないの。多分、小学生だと思う。親御さんが仕事で忙しいのかもしれないね。小さい子が一人でいると危険だよね。公園には色んな人がいるから注意しないといけないよね」
「とりあえず、女の子が被害に遭わなくて良かったと思います」
それにしても、車のナンバーを調べた万里子さんの行動力に感心せずにはいられなかった。万里子さんは真剣な眼差しのまま静かに憤っている。
「あたし、町内会長さんにも話してみるよ。小学校にも通達しておくべきだと思うの。先刻の人が何であれ、みんなに周知していたら事件が防げるかもしれないよね。あっ、良かったら、あなたの名前を教えてくれる?」
「あたしは武藤優子です。白鷺学園の一年生です」
「ああ、同じ学校なんだね。あたしは山田万里子。三年生だよ」
「はい。知ってます」
「えっ、どうして?」
あたしは、ちょっと困ったように微笑みながら告げていた。
「だって、あなたは樋口さんの彼女だから」
すると、急に恥しそうに呼吸を止めた。そして、額を目を泳がせながらポリポリと掻いたのだ。
「えっ、ああーー。そうなんだぁ。樋口君は有名人だもんね。あたしみたいな地味な子が彼女だと、みんな驚くよね。だから、知っているんだね」
「えっ、いえ……」
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