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「んっ……」  答えるように甘い反応を返すと、サチは諦めたように康孝の首筋と背中に腕を回す。  飢えた獣のような乱暴な口づけが、甘く柔らかい物に変わる。 「さっちゃんさんの唇はどんなに味わっても足りないくらい美味しいですね」 「さっちゃんさんて……」 「僕は貴方から名前を聞いていないもので」  意地悪くそう呟くと、康孝はまだ足りないとサチの唇を甘く貪った。 「鞍馬サチです。サチで良いですよ」  どうせ気紛れなのだろう。だからサチも気まぐれに求めることにする。名前を名乗ってから煽るように舌舐めずりをすると、彼の顎を持ち上げて今度は自分から唇を合わせにいく。  唾液が絡んで、リズミカルに水が跳ねるような音が静かな部屋に響く。 「同じ物を食べたからかな。さっきのホットサンドを思い出しますね」  饒舌になる康孝は、唇を離すとニヤリと笑ってサチのほっぺをつねった。 「痛っ!」 「僕に着物姿の女性はハードルが高いです。シャワー浴びたいですか?」  手慣れていないアピールなのか、はたまた余裕からなのか、キスをやめて体を離すとと、どうしたいですかとサチに答えを委ねる。 「手際、案外悪いんですね」  苦笑いすると康孝も笑い、普段僕が寝ているベッドで良ければと、手を差し伸べて立ち上がるように促す。 「私、自分で着付け出来るので」  手を取り立ち上がって彼の首元に腕を絡ませると、サチはキスをねだって顔を寄せる。 「まいったな……やっぱり捕獲されたのは僕の方だな」  応えるようにキスを受け入れると、康孝はそのままリビングの隣の部屋まで甘いキスでサチを翻弄しながら誘導する。  ガチャリと開け放たれた寝室には、クイーンサイズのベットだけが置かれている。 「本当に他の女性は来たこと無いんですか」 「あれ、ヤキモチ妬いてくれてます?」 「そういうところが抜群に信用ならないんですよね」  この場限りだったとしても、サチは大人だし、どこか割り切った様子で康孝を煽る。 「母の家ですから、厳密に言えば一人は確実に出入りしてますけど」 「ここも本当にご自宅なのか怪しいし」 「意地悪ですね」  噛み付くようなキスを受け止めると、軽く舌を絡めてから康孝の唇を啄む。 「出来るだけフラットでいたいので」  そこまで話すと、着物をどうするか思案した。着乱れてシワになっても車で送って貰えるか分からない。 「一応ですけど聞いても良いですか」 「今度はなんの心配?」  困ったような笑顔で顔を寄せると、康孝は低くて甘い声を出し惜しみせずにサチに向ける。 「さっきからお話に出てくるアナタのおかあさまは、お着物をお持ちですか」  以前聞いた話から、彼女は外国人のようだったので、もちろんダメ元だったが尋ねてみる。  睦言から一転、母親の話題になって不思議そうに首を傾げるが、何かに気付いたのか、ここで待っててくださいと残して部屋を出て行った。  一人ベットに残されたサチは部屋を見渡す。  寝室には設えたように壁にピッタリと嵌った大きな本棚がある。つまり壁一面に本が溢れている。北条の影響なのか分からないけれど、彼は本が好きなのだろうか。  部屋数は多そうだったので、それ以外の家具らしいものは見当たらないのは、ここが眠るだけの寝室だからだろうか。 「男の人の部屋なんて、いつぶりだろう」  ボソリと呟いて、恋のときめきよりも性欲が先行したこの関係に、自然と苦笑いしてしまう。求められること自体は嬉しかったが、関係性が曖昧なままなので、求められるのが身体だけだと思うと酷く心が痛んだ。  ―――好きってこういう感じかな。  康孝と同じくサチも恋だとか愛がなんなのか分からない。だけどどうしても彼を拒めない自分を冷静に分析すると、そんな答えが出た。 「どうしてそんな顔をしているんです。待たせすぎましたか」  すぐさま跪いて、ベッドに腰掛けるサチの手を取る。そしてその手には、サチが望んでいた着物用の横に長いハンガーを持っていた。 「おかあさまは着物も着こなすんですね」 「おや、母だと認めてくれるんですか?」  悪戯っぽく笑って、康孝は愛おしそうに優しい手つきでサチの頬を撫でた。その仕草と彼の掌の温度にドキリとする。 「あの人は日本好きですから。そんなことより身体が冷えてしまったのでは?すぐにお湯を張りますから、お風呂に入りませんか」 「あはは。最初の逢瀬で随分とハードルが高いことを言いますね」 「なんだか一人に出来ない気がしたので。それに、もう少し話も楽しみたいし、貴方をもっと知りたいので」  手の甲に唇を落とすと、持ってきたハンガーをサチに手渡し、彼はバスルームに向かった。  廊下の向こうから水の音が聞こえてきたので、それを聞きながら着物を脱ぎ始める。根付けの時計はランプが置かれた窓際のサイドテーブルに置かせてもらう。  スリッパと足袋を脱いで素足になると、帯留めをといて帯を外し、それを丁寧に畳むと着物を脱いで襦袢姿になる。  ―――あ、下着。  和装の時は胸が強調されないように、和装用の下着をつけている。これはあまり色気のあるもんじゃないなとサチはまた苦笑いした。 「これはまた、随分と色っぽい姿ですね」  振り返ると、バスルームから戻ったらしい康孝が、そちらの方がよほど艶っぽい表情を浮かべていることに気付いているのか、サチの方へ足を進める。 「着物は何処に掛ければ良いですかね」 「ああ、クローゼットには入らないか……コート用のフックがあるのでここに」  サチの手から着物を受け取ると、壁際のフックに着物を掛けた。 「お湯が貯まるまで少しかかりそうだけど、すぐにバスルームに行く?」  少し砕けた言葉遣いになった康孝は、一旦リビングに出てリモコンで何か操作をしている。 「どうしたんですか」 「ああ、低層階ですからね。丸見えは嫌でしょう?」  そう言ってカーテンを閉めたのだと笑う。  それから自然な動きでサチを抱き寄せると、本当に身体が冷えちゃったみたいだねと心配そうに呟いて、バスルームに連れて行こうとする。 「一緒に入らなくても、充分楽しめると思いますけど」 「僕は一緒にとは言いませんでしたが、そう思ってくれたのなら一緒に入りましょうか」 「ほら、そういう言葉遊びでからかう。女性に嫌われますよ」 「サチが嫌わないなら問題ないよ」  急に名前を呼ばれて気恥ずかしさで頬が赤くなるのが分かる。 「本当に……喜ばせるのが上手ですね。うっかりのぼせそうだから困ります」 「褒められたと思っとくね」  耳元で囁いてそのまま耳朶に唇を押し当てると、康孝は何か思い出したように困った顔をして動きを止める。 「どうかしました?」 「女性を招いたことがないのが仇になったかな。メイクとか落としたいよね?」 「あぁ」  そんなのボディーソープで大丈夫ですよとサチは返す。 「え?」  これには驚いたように康孝が目を丸くしている。 「そういう女性のお相手ばかりしてたんでしょうけど、私はあんまり気にしないので」  嫌味のような言い方になってしまったが、すでに着物も脱いでしまったし、改めて買い出しに行くのは面倒臭いので、そんな程度で肌が荒れたりしませんし、キレイに落ちますよと康孝を見上げる。 「……本当に、興味をそそられる人だな。でも洗顔は僕ので良ければ使って」  康孝は呟くが、僕にも支度が必要だからとサチに先にシャワーを浴びるように言って、バスルームから姿を消す。  ―――なんの支度が必要なんだろう。  考えても仕方がないので、先に風呂を借りることにする。  襦袢をほどいて胸を押さえ付けていたブラジャーを取ると、形の良い乳房が顔を出す。 「扇情的な姿だね」  ドアを閉め忘れていたことに気付き、慌てて胸元を腕で隠す。 「じゃあ、ちょっと行ってくるけどすぐ戻るから」  サチの唇を啄むと、康孝はバスルームの扉を閉めてそのまま玄関に向かったようで、ガチャリとドアロックが掛かる音がした。 「下着の跡まで見られたかな」  少し恥ずかしくなって、洗面台の鏡に映る自分を見た。昂揚して赤くなった頬が妙に目立つ。  男性と身体の関係を持ったことがないわけではない。けれどどう見られるかなど気にしたことがなかった。 「本当に、なんでこうなったんだろう」  独りごちて襦袢を脱ぐと、パンツも脱いで浴室へ入る。  全自動の湯船にはまだ半分よりも低い位置までしか湯が張られていない。それを確認するとコックを捻った。  熱いくらいが好きなので、暫くは冷えた身体を温めるようにシャワーを浴びる。  簡素なバスルームに据え置かれたシャンプーに手を伸ばすと、まずは頭を洗う。自然と気持ちが昂揚するのは、康孝から香るのがこの匂いだからだ。  泡を綺麗に洗い流すと、次はトリートメントを使わせてもらい、もう一度濯ぐように洗い流して髪を後ろに撫でつける。康孝が言っていた洗顔料を手に取り、手元で少し泡立てるとそのまま顔を洗った。男性用の洗顔料はいつもと違ってサッパリする。  シャワーを一度止めると、身体はどう洗おうかと思案する。バスグッズを勝手に使うのはさすがに躊躇われたので、ボディーソープを手に取ると、手元で泡立ててから腕や胸元、足元に泡を伸ばして身体を洗う。  湯が張られる音以外、しんと鎮まり返ったバスルームに、ガチャリと玄関が開く音が届く。どうやら康孝が戻ったらしい。  暫くしてバスルームのドアが開かれると、ガラス戸を隔てた向こうで康孝が服を脱いでいるのが見える。 「ボディブラシ使えば良いのに」  浴室に入るなりサチの様子を見た康孝はクスリと笑う。 「勝手に借りていいか分からないから」 「じゃあ僕が洗っても良いわけだ」  背後からぬるりと乳房を掴まれ、乳首に向かって指で弾かれる。 「ちょっと!」 「手が冷たかったかな?」  悪びれる様子もなく康孝が笑う。  そのまま悪戯な手は泡を絡めながら脇腹に添って下腹部まで進み、ゾクゾクと甘い痺れになってサチを刺激する。思わず両脚に力が入るサチを見ると嬉しそうに康孝が囁いた。 「可愛いね」 「もう!ちゃんと洗わせてください」  康孝の腕から逃げると、再びコックを捻ってシャワーを浴び、身体を洗い流す。 「先に湯船に浸からせて貰いますから、康孝さんも身体を綺麗にしてください」 「はいはい。分かりました」  受け取ったシャワーヘッドをフックにセットすると、シャンプーと洗顔を手早く済ませ、今度はボディブラシで身体を洗う。 「そんなに見られると緊張するね」  湯船から見上げるように康孝を見つめていると、彼は複雑そうに笑って全身まで行き渡った泡を洗い流した。 「さて。抱きしめたいんだけど、後ろを少し空けてくれるかな?」  シャワーを止めると康孝はサチの後ろに回り込むように足を浸す。 「嫌だって言っても聞かないんでしょ」  背中を預けるように湯船にもたれていたサチは、少し身体をずらして彼が入るスペースを空けた。  康孝が腰を下ろすと、ざぶんと湯船からお湯が溢れる。 「いつもはシャワーで済ませるけど、湯船に浸かるのも良いかもね」  後ろからしっかりとサチを抱きしめて康孝が気持ちよさそうに呟く。 「これじゃ、顔が見れないけど」  身体を預けるように康孝にもたれると、抱きしめられた腕に指を這わせ、彼の肩に頭を乗せる。 「そんなに可愛く強請るんだ」  どこか複雑そうに返事すると、康孝の手がサチの乳房をやんわりと揉みしだく。 「強請ってません」 「僕にはそう聞こえる」  同時に笑うと振り返ってキスを求めた。  広めの浴槽とはいえ、二人ともかなりの長身なので、可動域が凄く狭い。 「そんなに揉んで楽しいですか」 「楽しいんじゃなくて、気持ちよくさせたいからだけど?」 「気持ちよく……胸はあまり敏感じゃないかも知れない」 「そう?硬くなって桜色に染まってる。気持ちよさそうだよ」  片手は胸を弄ったまま、康孝のもう一方の手が徐々に下肢へと伸びる。  大腿の内側を手の甲で撫でつけると、康孝はサチの首筋に舌を這わせてキスを落とす。  艶かしい愛撫に再び身体がゾクゾクと震え始め、両脚をもどかしく捩ってはその手から逃れようとする。 「なるほど。こっちが好きなんだ」  康孝はサチの秘所に指を伸ばして入り口をその長い指で撫でる。 「僕は嫌われてないと思って良いのかな」  そう呟いて首筋や肩に唇で吸い付くと、ゆっくりと這わせていた指が蜜が溢れる中に押し込まれる。 「んっ」  たかが一本、指を挿し込まれただけなのにサチは短く喘いだ自分に驚く。 「お湯の中なのに、更にしっとりしてるみたいだね」  二本目の指を滑り込ませると、その付け根までしっかりと中へ挿し込む。胸元への刺激が止まないので、もどかしい思いで康孝の愛撫に身を任せる。 「あっ、ん」 「こんなに柔らかくなってる。でものぼせちゃうからそろそろ出ようか」  肩に唇を押し当てると、サチの中から指を引き抜いて優しく抱きしめる。 「確かにそろそろのぼせそう」  溶けはじめた身体に昂揚感を覚えながら、抱きしめられた腕に手を添えてそう答える。  康孝は先に湯船から出ると、おいでと手を差し出してサチを湯船から上がらせる。  脱衣スペースの棚からリネンを取り出すと、身体を交互に拭いてから康孝は改めて一糸纏わぬサチを抱きしめてキスをした。
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