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 歯磨きと着替えを終え、二人でリビングに戻ると、タイミングよく康孝のお腹が鳴った。 「材料が有れば、お昼のお礼に何か作るけど」  笑いを堪えてサチが申し出ると、そう言えばレストランの店長さんだもんねと康孝が嬉しそうに笑う。 「野菜でも肉でも、なんでも好きに使ってくれて良いよ」  キッチンにサチを連れて行くと、康孝は冷蔵庫を開けて中身を確認するとそう言った。 「主食はあるの?」 「パスタとか乾麺、冷凍庫にうどんも有ると思う」  お米なら炊かないとないね。そう言って何を作るのか尋ねる。 「店はレシピが決まってて材料も同じだし、私はそんなに難しい料理は出来ないよ」  期待には応えられないと一言断りを入れてから、冷蔵庫を見てパスタともう一品作ろうかと言った。 「そんなにしっかり作ってくれるの?」 「だって、お腹空いてるんでしょ」  時短のため鍋に湯を汲みながら康孝に返事をして、ある程度の量が貯まった時点で蛇口を止め、鍋を火にかける。  沸騰を待つ間に冷蔵庫にあった水菜とサラダチキンとネギ、しば漬けと練り梅のチューブを取り出して、それぞれ下処理をしてボウルで和え、味見をしてから少し濃い目に味を整えると、今度は沸騰した鍋に少しだけ塩を入れて二つ折りにしたパスタを茹でる。  具材に濃い味を付けたので、パスタ自体は塩を入れずに茹でたとしても問題はないだろう。  今度は冷しゃぶ用の豚バラとじゃがいもを取り出す。じゃがいもは皮を剥いて一口大に切ってから軽く塩茹でし、水気を切って豚バラでクルクル巻いて小鞠型に整える。  フライパンを温めると、ごま油を少しだけ引いて全体に伸ばし、小鞠型の肉巻きを並べて焼き目をつける。  大抵の調味料が揃ったキッチンは使い易く、もたつく事なく料理の手を進める。  パスタの茹で加減を確認すると、もう少し柔らかく茹でるか迷う。  康孝はカウンター越しにサチの様子を見ていたので、パスタの茹で加減を見て貰うと硬さの好みを尋ねてみる。 「もう少しクタっと茹ってる方が好きかな」 「了解」  短いやり取りをすると、今度はフライパンの肉巻きをひっくり返して焼き目を変える。中のじゃがいもは茹でてあるので、肉に香ばしい焼き目がつけば問題ない。  ワクワクした顔でキッチンを覗き込む康孝に、本当に大したものじゃないから期待しないでと改めて断りを入れる。  パスタの様子を見つつ、いい色に焼き目がついた肉巻きに酒とみりんと醤油、ほんの少し酢を入れて水気が飛ぶまで、それらのタレを絡ませて肉巻きを炒める。  いい頃合いだろうとパスタの火を止めてシンクで水切りをすると、オリーブオイルを回し入れてダマにならないようにほぐす。そうして、下処理を済ませておいたボウルの具材と一緒に混ぜ合わせて、最後に味を微調整する。  それが終わると、肉巻きの方もタレとよく絡んでツヤのある仕上がりになった。  康孝に頼んで食器を用意して貰い、そこに盛り付けると料理が完成した。 「はい。お待たせしました」  そう言いながら鍋などの洗い物をササっと片付ける。 「凄く美味しそう」 「食べるまで分からないよ」  笑ってみせると、リビングで良いんだよねと昼と同じ位置に配膳する。  いつの間にか、康孝はグラスに注がれたビールを持ってリビングに戻ってくる。 「揃いの食器が無いんだよ……」  バラバラの食器とカトラリーを見てしょんぼりして、今度見に行こうとサチを誘う。 「休みが合えばね」  曖昧に笑って冷めないうちに召し上がれと声をかけた。 「いただきます」  二人で声を揃えると、康孝はまずパスタに口をつける。 「んー。梅の香りとしば漬けの歯応えがアクセントになってて良いね。これあのサラダチキンでしょ?」 「簡単にアレンジ出来て便利だよね」  パクパクと箸が進む康孝の様子を見てサチはホッとした。  もちろん肉巻きも好評で、康孝は追加のビールを持ってきたくらいだ。 「味付け、しっかりし過ぎた?」  ビールが進んでいるようなので、サチは少し不安になる。 「凄く美味しいよ。俺好み」  もう少し塩気が強くても大丈夫と、次から次へと肉巻きを口に運ぶ。  そうやって康孝があまりにも美味しそうに食べるので、サチもつられて、深夜にも拘らず残す事なくペロリと料理を平らげた。  ご馳走様と手を合わせた後も二人でゆっくりビールを飲んでいたのだが、聞けば明日は朝からカフェの勤務があると言う。  慌てて食器を片付けると、早く眠るようにベッドルームに追いやる。 「元からあまり眠れない質だから気にしなくて良いって。手伝うよ」  戻って来ようとする康孝に、眠れなくても横になって休んで!と半ば強引に押し戻す。  諦めてベッドルームに入った姿を確認すると、サチは二人分の食器を洗って片付けを済ませ、すぐにベッドルームには入らずリビングのソファーに腰を下ろした。 「ふぅ……」  もたれかかって体重を預けると、天井を見上げて今日を振り返る。  ―――うまくいくのかな。  完全に暴走した自覚はある。康孝は好きだと言ってくれるが、きちんと恋愛に向き合えたことがないサチはその言葉に戸惑った。  セックスが気持ち良くて、流されただけなんじゃないだろうか。疑うのは良くないが、康孝のことだ。サチと付き合わなくても別に良い人がすぐに見つかるのは間違いない。  ぐるぐると不安要素ばかりが頭を支配する。これは嫌な感覚だ。人に執着するとこうなってしまうのか。  もちろんサチは自分の気持ちを理解してるし承知してる。康孝と身体の関係を持った事にも後悔はない。  ―――付き合う?  現実的に考えて無理だと思った。お互いの仕事柄、休みや会う時間を作るのも大変だろう。  今日だってセックスに溺れてお互いの話なんてまともに出来ていない。ビールと濃い味が好きで、パスタは柔らかい方が好きな事ぐらいしか知らない。どんな人かなんて、まだ少しも分かっていないのだから。  その時、康孝がベッドルームから出てくる気配に気が付いた。 「やっぱり眠れないの?」  隣に腰掛けた康孝の髪を撫でると、腰の辺りを抱き寄せてサチは心配そうに彼の顔を見つめた。 「サチがいないと落ち着かないだけ。それよりどうしたの、何か考えごと?」  康孝はサチを抱き寄せると髪にキスをして、様子がおかしいことに気が付いた素振りを見せた。 「んー。眠気が飛んじゃった」  咄嗟に出たのはそんな言葉だった。 「俺を置いて消えそうなのはサチの方だと思うけどね」  怒っている様子はないが、冷たく突き放す声音で康孝がボソリと呟いた。 「そうなのかな……」  視線を外して俯きながら暗いトーンで返事をする。康孝はバカだなと呟いて、自分も同じような事を考えてるよと言うので、サチは話を続ける。 「好きになるって、結構しんどくない?」 「不安とか暗いこと考えちゃうってことかな」 「そう、そんな感じ」  得体の知れない感情に頭が追いつかない。 「なら付き合うのはやめて、都合の良い時に抱き合う関係で良いの」 「それは辛いかな」 「ツラいってことは、心が向いてるってことじゃないのかな。少なくとも俺はそう思う」 「そっか。難しく考えなくて、思ったままで良いのかな」  康孝を見つめて確認するように投げ掛けると、サチの頭を優しく撫でながら、それが一番だよとそのまま髪にキスを落とす。 「おいで。一緒に休もう」 「ん」  手を引かれてベッドルームに向かう。康孝はリビングとベッドルームの照明を落とすと、サチを抱き寄せたままベッドの中に閉じ込める。 「こんな歳になって恋を知るとは思わなかったな」  そう呟いた康孝にサチは纏まらない考えを吐露する。 「心がずっと苦しくて、切ない」 「相手の気持ちを疑うほど、好きでいるってことじゃない?」 「ライトな付き合いばっかりで、誰のことも好きになれた試しがないから。今の感情に頭が追い付かなくて困る」 「その告白に、多少なりともヤキモチと怒りが湧くのは独占欲かな」  康孝は複雑そうに言いながらも、サチを優しく見つめて続く言葉を待った。 「離れる想像が幸せより先立つって凄くしんどいよね」 「それって凄く熱烈な告白に聞こえるんだけど」  サチの顔を両手で包んでキスをすると、嬉しそうに微笑んだ。 「寝ないと疲れるよ」 「いつも眠れないから平気なんだよ」  サチこそ疲れただろうと、康孝は大切なものを扱うように優しくサチを抱きしめる。  頬を寄せると心臓の音が心地好くて、サチはすぐに押し寄せる眠気に囚われる。 「気にせず休んで。俺は大丈夫だから」  その声が最後まで聞こえたかどうか、サチは康孝の腕の中ですぐさま眠りに就いた。
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