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 当時サチと健次郎はショッピングモールに入った系列店にヘルプで遠征出勤していた。  ある日、夕方からクローズまでの遅番勤務を終え、深夜一時を越えてクタクタになりながら従業員専用口の扉を開けたところに、何の約束も無かったはずの由梨が突然ヌッと現れた時には正直驚いた。 「店に顔出したら良いのに出待ちって」 「あはは!懐かしいねぇ。あの頃は健ちゃん全然相手にしてくれなかったんだもん。サチとばっかり呑みに行ってたし、必死だったのよ」  由梨からしてみたら、同じ時期に、しかも二人だけでヘルプに行って、健次郎はサチの事が好きなのではとヤキモキしていたのだそうが、それだけは有り得ない。  お互い異性として意識していないから、気軽な仲間付き合いでしかない。この勘違いにはサチも健次郎も苦笑いするしかなかった。 「健次郎はシフトが重なることも多かったし同期だし、なんなら先に契約社員の話来たのアイツじゃん」  まあ生意気にも断ってだけどと話を続ける。 「それにアイツから聞いてるだろうけど由梨の事は高嶺の花過ぎて現実味ないって感じだったじゃん?」 「ねー計算じゃない感じ?本当に恋愛対象に見てくれてなくてさー。お調子者なのに距離感は近づかないように絶妙」 「そりゃ健次郎も人の子だからね。好きになっても片思いで終わるから諦めてたもん」 「だよねー。何その勝手な思い込み〜、本当にサチのおかげだよ」  健次郎を思い浮かべているのだろうか。由梨は少し照れたように、はにかみながら左手の薬指に光る結婚指輪を感慨深そうに見ている。 「いや、私何もしてないから。つかその話題の健次郎さんはお元気なの」 「うん。今日も一緒に来たがってたけど置いてきた」  子守りをしてくれている夫への感謝を忘れずに、けれどイタズラっぽい笑顔になる由梨はとても幸せそうに見える。 「健次郎もな、年単位で会えてないなぁ」 「ねー。健ちゃんも会いたがってるから今度家に来てよ。お互い仕事が決まる前なら調整利くでしょ」 「あー転職!さっさと見付けないと」  今日のメインテーマを思い返してビールを流し込むと、そんなサチを由梨が不思議そうに覗き込んでくる。 「そもそもハードワークだしオーバーワークなのは分かるけど、たしか給料そんなに低く無かったよね?」 「いくら時給が上がったところで、いつクビ切られるか解らない契約社員だからね?」  ビールで喉を鳴らすと、今日の本題でもある仕事の現状についてサチは吐露し始める。  今現在の時給は一九七〇円。店長手当や残業代などもきちんと出るので、手取りが三十五万を超える事もザラである。しかしそれが返って憂鬱にさせている。 「シフト外のイレギュラー対応も、このご時世でしょ?ブッチする学生も多いし、急に欠員が出たらリカバーでフロアもキッチンもお構いなしだし、挙句の果てには事務処理も有るから体力の限界」 「正社員になったら改善されるの、それ」  スッと真顔になった由梨からもっともな質問を投げ掛けられる。 「それな。好きで続けてる訳でもないし、成り行きで続いてる仕事だから余計に。だから転職しようとしてるんだよ」  グラスを持った手で器用に由梨を指さしてサチは続ける。 「そもそも前の上司がさ、エリマネに推してくれてたからそのタイミングで正社員にって話だったのに……」 「風向き変わった感じ?」 「そう!実績を残せる人はやっぱり需要があるわけで、三か月半くらい前かな?地方のテコ入れの為に異動しちゃったから後ろ楯が無くなったんだよね」 「え?まさか、話自体頓挫したの」 「そう。今の上司が、現場でこれだけ実績上げてるのに勿体ないとか難癖つけてきてさ。話自体無くなった」 「うわぁ、ご愁傷様」  由梨の言葉が心の底まで染み入った。
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