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サチは頭を抱えて、康孝との今朝のやりとりを思い返していた。
「おい、スマホ鳴ってないか」
子供の世話を焼く由梨を尻目に、健次郎から声を掛けられて、サチは鞄からスマホを取り出すと康孝からの着信に手が震える。
「彼氏か?出ろよ」
「あ、うん」
スマホをタップして電話に出ると、康孝の優しい声が耳に響く。
『もしもしサチ?』
「忙しいのにごめんね」
『いや、良いよ。それよりどうしたの、急展開じゃない?』
クスクスと笑う声が聞こえて、サチは一層恥ずかしくなる。
「いや二人に話したら、どうせ迎えに来るのに、門前払いみたいで感じ悪いのは避けたいって。忙しいから無理って言ったんだけど」
サチは恥ずかしくて、捲し立てるように早口で要件を話す。
『別に大丈夫だよ。月曜だからディナーはオーナーだけで大丈夫だし。そもそも凄い流行ってる店じゃないからね』
「え、じゃあ来てくれるの?」
『なんで聞くの。おれ最初から行きたいって言ったじゃん』
優しく笑うと康孝が健次郎に代わって欲しいと言う。この流れでなぜと聞いたが、行くならご挨拶は済ませた方がいいでしょと、早く代わるように促す。
「分かった。ちょっと待って」
スマホを健次郎に渡す。キョトンとした顔をしながらも健次郎はスマホに耳を当てて会話を始める。
「ん?彼なんだって?」
「仕事は大丈夫だからすぐ来るって」
「いやーん。ラブラブじゃん!」
「いや……」
言い籠るサチに、由梨はそんなに会わせたくないの?と首を捻るので違うと返す。
「実は紆余曲折あって昨日付き合い初めたばっかりだから」
「ちょっと、それ早く言いなよ!彼氏めっちゃハードル高いじゃん!」
「だから言ったじゃん!」
「いや、まさか昨日の今日だと思わないし」
由梨がサチの横で慌てふためく中、健次郎が電話を終えたらしく、まだ繋がってるぞとサチにスマホを返す。
「もしもし?」
『健次郎くんは丁寧だね、ザ・営業マンって気がする。感じも良いしサチの友達っぽい』
「え?ああ……うん」
『どうしたの?迷惑とか思ってないし、逆に嬉しいから大丈夫だよ』
そう優しく返事が返ってきたので、スマホ越しでも康孝の笑顔が目に浮かぶ。
「今日突然で、しかも言う事とやる事がひっくり返っちゃってごめんね」
『はは。そこ謝る?サチらしいね。俺すぐ出られそうだから、健次郎くんちの住所をメッセージで送って。ナビに入れたいから』
「分かった。待ってるね」
『はいはい』
じゃあね。とスマホ越しにリップ音を立てると康孝は電話を切った。
「サチー。ごめん!そんな繊細な時期だとは思わなくて」
電話を切るなり由梨が頭を下げてきたが、大丈夫だよとやめさせる。
「とりあえず、ナビのために住所知りたいって言ってたから教るけど良い?」
「それは全然大丈夫だよ」
由梨に断りを入れると、アドレス帳から住所をコピーして、ありがとうのスタンプと併せてメッセージを送る。
「すぐ出れるみたいだから、早ければ三、四十分くらいで来るかも」
そう言ってる間にスマホが鳴り、了解と返事が来た。
それでも由梨は申し訳ないと謝り続ける。
「なんだよ、どうしたんだよ」
陽太や朱莉の相手をしていた健次郎が、サチに謝り倒す由梨を見て不思議そうにこちらを見るが、健次郎の関心は他所にあるようで、サチと目が合うと感心したように話始める。
「ヤスタカさんって俺より歳上か?」
突然名前を出されて驚くが、きっと康孝のことだ、電話口で挨拶でもしたんだろう。
「確か、三十六のはず」
サチが答えると、はずってなんだよと笑いながら、健次郎は俺でもドキドキしたわと興奮気味に話す。
「めっちゃ大人の男って感じで、落ち着いた声のトーンだったからびびったわー」
「ちょっと健ちゃん!サチまだ付き合って間もないらしいよ。土足で踏み荒らした気分だよー。どうしよ」
「マジで?全然そんな感じじゃなかったよ。すげえ丁寧にお邪魔じゃないんですかって遠慮するから、鞍馬の彼氏なら大歓迎って言っといた」
「え、そうなの?」
由梨が少し安心したように健次郎を見る。おかしなこと聞くなよと健次郎は由梨を宥めている。
「おともだち、くるの?」
朱莉がサチを見上げて尋ねるので、サチは困ったように笑うともうちょっとあとかな?と返事をした。
「サチのかれしは強いのか?」
今度は陽太がワクワクした目でサチを見る。これには困ってどう答えようか迷っていると、健次郎が代わりに陽太に答える。
「多分強いし、ヒーローの仲間だぜ」
その言葉に陽太は興奮して騒ぎ出す。由梨が注意すると一旦は静かになるものの、今日はパーティーと言われているのも手伝ってか陽太は目をキラキラさせて、サチのかれしはいつ来るんだと食事に集中出来ない様子だった。
「なんかごめんね……」
隣で由梨が落ち込んだ様子を見せるので、違う違う!と手を振ると、今朝のやりとりを話す。
「だから、今日も最初から付いて来たがってたから気にしないで大丈夫」
笑って答えると、由梨はやっと笑顔に戻って康孝が来るのが楽しみだねと言った。
「本当はその辺も含めて相談をしたかったんだけど、色々すっ飛ばして本人が来ることになっちゃったから、相談はもういいや」
投げやりに笑うと、由梨はそこは本当にごめんと謝る。
「またお茶でも行こうね」
由梨が空いたグラスにビールを注いでいるので、アンタ飲むでしょ?と確認して、由梨のグラスにもノンアルコールビールを注ぐ。
「それにしても、ヤスタカさん?歳上なんだね。まあサチにはその方が良いかもねー」
由梨がサチは姉御肌で面倒見たがるけど、もっと自分も甘える場所を作るべきだと熱弁する。
「確かにな。俺もなんだかんだで世話になってる方だからな。お前って人に甘えたり出来んの?」
会話に入ってきた健次郎が何気なくサチにそう聞いてくる。
確かに今までの人生で甘えたりはしたことがない。弱味を見せるようで苦手なんだと思う。
「甘える必要がないからね」
由梨が言うと可愛いけど私はそういうキャラじゃないじゃん?と話を逸らそうとする。
「必要だよ!時には頼ることもしないと。別に甘えるって、ワガママで振り回すってことじゃないからね」
朱莉が溢したご飯を拭き取りながら、由梨が愚痴なら聞けるけど、そこまではしてあげられないから実はハラハラしてたんだよねと何気なく呟くが、初めて聞く話である。
「えー、そんな風に思ってたの?」
「まあ、確かに。俺もお前が誰かに頼るとか見たことないな」
健次郎も、確かにそうだなと由梨の後押しをする。
「なんだろうね。環境とかかな?親が忙しくて一人で解決しないといけなかったりしたからね」
「で?ヤスタカさんなら頼れそうなのか?」
健次郎が面白がって康孝の名前を出す。だからコイツに知られたくなかったのにと、サチは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ちょっと健ちゃん!まだ付き合って間もない二人なんだから。いきなり無粋な質問しちゃダメだよー」
「鞍馬が本気なら大丈夫だろ。今までは付き合うってのと空気が違ったからな」
「あ、それは私も思うー」
「だろ?」
二人が声を揃える。
サチは二人に康孝との馴れ初めを聞かれたが、恥ずかし過ぎて本当のことは話せない。なんとなく言葉を濁して会話から逃げる。
二人はどうやら恥ずかしがってると思ってくれたようで、照れているのをからかいはしたが、しつこく聞いては来なかった。
由梨の手料理とビールを楽しんでいると、またサチのスマホが鳴った。康孝からの着信だ。
「もしもし?」
『ごめん。家の前に着いたんだけど、一番近い駐車場ってどこら辺かな?』
「あ、そっか。ちょっと待ってね」
サチはスマホに手を添えて消音すると、二人に一番近所のパーキングはどこか尋ねる。
「もしかして外の車、ヤスタカさんか?」
こんな時だけ察しの良い健次郎が、リビングからガレージの先に視線を伸ばして逆に質問してくる。
「そう。だからパーキングどこ?」
「俺直接案内するわ」
「は?」
言うが早いか、健次郎はリビングを出るとその足で玄関に向かう。
「もしもし康孝さん?健次郎が直接案内するって、今玄関から出てくると思う」
『そうなの?助かるよ。あ、来たみたい。切るね』
切れたスマホを握りしめてリビングから外を覗くと健次郎が車の中の康孝と何やら話をしている様子が見える。
そのまま後部座席を開けると、健次郎は何かを取り出してガレージに持って来て、窓をコンコンと叩く。
「どしたの?」
立ち上がってリビングの窓を開けると由梨が健次郎に話しかける。
「ヤスタカさんがお前にって、ノンアルコールビール箱で」
「え、私に?」
由梨が振り返ってサチを見るので、話の流れで由梨が身篭ってる話をしたことを説明した。
「やだぁ。嬉しい!」
「じゃあ俺案内してくるわ」
言い残してすぐに健次郎は康孝の車に乗り込んだ。
リビングの窓を閉めると、そのままビールを運ぼうとするので、由梨に代わってキッチンで良いか確認して箱を持ち上げる。
「めっちゃ気の利く人じゃない!」
キッチンに届く声で由梨が康孝を褒める。その声にどう返して良いか分からず、サチはリビングに戻ってから頭を掻く。
「……そうだね」
「なんでアンタが照れるのよ」
由梨が笑って箸を進める。
「ま、戻るまで食べて待ってよう」
由梨がニコッと笑って食べて食べてと、小皿に色々取り分けてくれる。
ちびちゃんたちが欲しがらないようにと、大人も餃子や唐揚げ、タマポテサラダとスパゲティなど、メニューはお子様ランチと寄せてある。
「それにしても、好きな作家さんの息子なんでしょ?凄い偶然もあったもんだよねー」
陽太と朱莉に遊ばず食べなさいと言いながら、由梨も器用に唐揚げを頬張る。
「ガチでびびった。しかもその作家さんが私のこと覚えてたのもびっくりした」
「まあ、時代小説とか年配の人が読んでそうだしね」
さして驚く様子もなく餃子に手を伸ばす。
「そうかな?まあサイン会の年齢層は確かに高いけど」
皮がパリパリの春巻きを頬張って、サチはコレ美味っ!と小さく叫ぶ。
「サーモンとアボカドとクリームチーズ。この子らの好物なんだよね。ちなみに右っ側の細い方は普通の春巻き。そっちもオススメ」
「健次郎こんな美味いもん毎日食べてんのか。羨ましいやつめ」
「ところでなんで急に付き合うことになったの?凄い迫られたとか?」
その言葉に飲んでいたビールで咽せると、それでだいたい分かったと由梨はティッシュをサチに投げて寄越した。
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