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 ちょうどタイミングよく玄関から声が聞こえてくる。 「ヤスタカさんデカいですよね。身長何センチですか?」  健次郎の声だ。 「んー。暫く測ってないけど一八八センチはあると思うよ」  今朝まで聞いていた声にドキッとする。電話で話したけれど、やはり生の声は格別に甘く響く。 「俺より高い人って珍しいからなんか嬉しいっすわ。あ、狭いですけどどうぞ」  聞こえたのと同時にリビングの扉が開いて、康孝が現れた。 「こんにちは由梨さん。お招きありがとうございます。体調は安定してますか?これ良かったらお子さんに。アレルギーがあるといけないんで、うちのカフェで出してるアレルギー対応のクッキーです」  そう言ってニッコリ笑う康孝を見て、由梨は口をパクパクさせながらサチを振り返る。 「ね、一言で表現出来ない人でしょ」 「ヤスタカさん、すみませんね……あんまり男前なんでびっくりしてるみたいです」 「ははは。褒めるのが上手いですね。あ、サチ!さっきはありがとね」 「いえいえ、こっちこそ結局来てもらってごめんね」  つられて笑顔を返すと、康孝の隣で健次郎が笑うのを我慢してるのが分かる。 「おともだちふえたね」  朱莉の声で皆の雰囲気が一気に和らぐ。 「サチのかれし」  陽太が健次郎よりも背が高い康孝を見上げて呆然としている。それに気付いた康孝はしゃがんで目線を合わせると、君の名前は?と陽太に話しかける。 「陽太。四歳」  指を四本立てて見せると、康孝はそうかと言いながら陽太の頭を撫でて話しかける。 「僕は康孝だよ。ママのご飯がとても美味しそうだから僕も食べても良いかな?」 「い、いいよ」  陽太も康孝の色気にやられたのか、目をパチクリさせている。  それから流れるようにサチの隣に座ると、康孝は改めて、健次郎と由梨に突然お邪魔してすみませんと頭を下げる。 「こちらこそ急に呼び出してすみません。鞍馬に彼氏が出来たって言うから、夫婦で気になっちゃって」  あ、グラス持って来ますね。健次郎は未だ放心状態の由梨をチラリと見ると、苦笑いしながら一度キッチンに姿を消す。 「康孝さん、仕事は本当に大丈夫だったの」 「うん。オーナーは俺に甘いから」  叔父さんのことだ。可愛い息子のワガママを聞いてくれたのだろう。明日はしっかりご挨拶をせねばとサチは気を引き締めた。 「由梨、ずっとそんな顔してたら失礼だぞ」  キッチンから冷えたノンアルコールビールとグラスを持ってきた健次郎は、由梨に一声掛けると、康孝にグラスを渡してノンアルコールビールを注ぐ。 「帰りも車ということで、ノンアルコールですが。まずは乾杯しますか」  おい由梨!と健次郎が改めて声を掛けると、フリーズしていた由梨が照れ臭そうに笑ってごまかしてグラスを持つ。 「僕も!」 「あーちゃんも」  陽太と朱莉がコップを持って乾杯の音頭を取る。 「かんぱーい」  総勢六人の賑やかな声でパーティーが再開した。 「お子さんはいつのご予定なのかな?」  グラスに注がれたノンアルコールビールで喉を鳴らすと、康孝は柔和な笑みを浮かべて健次郎に話しかける。 「来年の春ごろですね」 「そっか。楽しみだけどお子さん三人となると大変そうだね」  今度は由梨に向かって微笑む。 「いやいや、これはもう慣れですから」  照れたように笑いながら由梨が返事する。  見た目に華があってそこに社交性が加わるとこうなるのかと、サチは黙って料理を食べ進める。 「康孝さんはカフェを経営してるんですか」 「いやいや、叔父の店で雇われて店長してるだけだよ」  話好きの健次郎と由梨が康孝に色々聞き始める。その間サチは会話に混ざることもなく陽太や朱莉の相手をしながら、ひたすらご飯を口に運んだ。 「……へえ。じゃあ本当に偶然の出会いだったんですね」  来るなり康孝を質問攻めしてる健次郎と由梨が、ほうと驚いたように声を出す。 「そうだね。まさか父の本を読んでるとは思わなくて、気が付いたら声を掛けたのが切っ掛けかな」  ふふと笑って健次郎に返事をすると、康孝は由梨の手料理に箸をつけて、美味しいねと言いながら、唐揚げは塩麹?と由梨に話し掛ける。 「あれ、分かります?そうなんです。便利だからなんでも塩麹使うようになっちゃって」 「確かにあれ一つでかなり便利だよね」  ニコニコしながら康孝は由梨に話し掛ける。つまりすっかり場に馴染んでいるということだ。 「カフェでは康孝さんが厨房に?」  由梨は餃子を頬張りながら康孝に質問する。 「オーナーがいない時だけメインで作る程度なんで、軽食しか作れないんですよ」  謙遜する素振りで康孝が答えると、由梨はサチにそうなの?と聞いてくる。 「いや、軽食どころか!上手だよ」  鶏肉と根菜のサラダを思い出して、サチは康孝の腕を褒める。 「ちょっと距離がありますけど、いつかご家族でいらしてください」  待ってますから。そう言って康孝はとびきりの笑顔を作るとノンアルコールビールを飲み干した。  空いたグラスに気付くと、健次郎はすぐにお酌をしながら本音を吐露する。 「コイツ見た目は良いのに男見る目なくて、本当に由梨といつも心配してて」 「そう!姉御肌で、なんでも厄介ごと拾っちゃうし。見ててハラハラするんです」 「ちょっと!突然そう言うのやめてよ」  慌てて二人を止めに掛かるが、康孝は興味を持ったらしく、いいじゃないかと笑う。 「サチは甘え下手なのかな」 「パーソナルスペースが要塞みたいなやつですね」 「そうそう。人と距離が保てないと気持ちが悪いみたいで、私ら夫婦くらいしか気心知れた友だちもいないんですよ」  二人は心配して言ってくれているのだろうが、相手はまだ付き合って二日目の彼氏だ。  サチは頭を抱えると、黙ってビールと食事を口に放り込んで耳を背けた。 「だから……」  三人はサチの話題で盛り上がっている。主に二人が康孝に我が子の話でも語っているかのような状態だ。  消え入りたいような気分で唐揚げを頬張ると、三人が笑顔で話していることに不思議な気持ちがする。  しばらくはボーッとその様子を眺めながら一人で食事とビールを楽しんだ。 「……なんですよ。だから実は、鞍馬に彼氏が出来たって聞いてビックリしたんですよ」 「そうそう、サチの彼氏とかもう何年ぶりだって話で。ね」  由梨と健次郎がニヤニヤしながらサチを見る。 「しかも話を聞こうとするだけで耳まで真っ赤にして。だから康孝さんには無理を言いましたが、お越しいただけて良かったです。これからもご縁があると思うので、由梨共々よろしくお願いしますね」  そう言う健次郎のグラスが空きそうなのを見て、康孝もお酌をすると、こちらこそよろしくお願いしますと挨拶を交わしている。  ―――なぜ両家挨拶のような流れに?  サチは食事とビールを楽しみながら、康孝と健次郎のやりとりをしばらく見ていた。 「凄く素敵な人じゃない?」  由梨が小声でサチに話し掛ける。 「そうだね。私にはもったいないわー」 「どこが!お似合いだよ。絶対逃さないようにしなよ!取られちゃうよ」  こんな凄い人と由梨が本気でサチを案じる。  サチは複雑そうに笑うと、今度は唐揚げを頬張りビールを流し込んだ。 「あ、もうこんな時間ですね」  陽太や朱莉はもう食べ終わってリビングの隅の遊び場で遊んでいる。 「本当だ!ごめん由梨。ちびちゃんたちお風呂とかあるよね?」  康孝の声を聞いて時計を確認したサチは、八時を過ぎていることに気付いて慌てて謝る。 「こっちはいつも夜更かしだから大丈夫。でもこちらこそ、つい楽しくて長く引き留めてしまってすみません」  由梨は健次郎と顔を合わせて康孝に詫びる。 「いえいえ。素敵なパーティーに参加できて嬉しかったよ」  由梨の手料理も美味しかったと康孝は笑顔を崩さず二人に返事をすると、いい友達を持ったねと急にサチを見て微笑んだ。 「そうだね。有難いよ」  二人と康孝を交互に見てサチはそう答えると、本当に遅くまでごめんねと改めて由梨と健次郎にお礼を言った。 「いや、久々に会えて楽しかったし、康孝さんが来てくれたのも嬉しくて、引き留めてすみません」  健次郎が改まって康孝に頭を下げている。康孝は気にしないで頭を上げるように健次郎に声を掛けていた。 「サチ。ワインとビール持って帰ってね」 「え、本当に良いの?」 「あると健ちゃんが飲んじゃうから。それに康孝さんが持って来てくれたノンアルが有るから」  嬉しそうに由梨が笑うと、サチもつられて笑顔になる。 「どうしたの?」  康孝がサチの方を見て話に入って来たので、お酒を持って帰ることを伝える。さすがに康孝も驚いたのか、健次郎に飲まないの?と確認している。 「飲む時間作るなら子供と遊びたいし。康孝さんが持ってきてくれたノンアルコールビールがあるんで、アレなら二人で一緒に楽しめますから」  ありがとうございます。とまた健次郎が康孝に礼を言っている。 「それなら遠慮なくいただくね。じゃあ車を回してくるから、僕は先に失礼します」  そう言って康孝が立ち上がると、陽太と朱莉が寂しそうに康孝を見る。 「おにいちゃんまたくる?」  朱莉が康孝に尋ねると、康孝はしゃがんで目線を合わせてから、サチが来るときにまた一緒に来るよ。と言って指切りをして、後ろでモジモジしている陽太にも指切りしようかと、約束を結んだようだ。 「じゃあ、失礼します」  サチに手を振ると、健次郎たちにも改めて挨拶して康孝が玄関に向かう。 「コインパーキングまで分かりますか?」  玄関まで見送る健次郎が声を掛けたが、康孝は道なりだから大丈夫だよと笑って返事をしている。  まもなくして玄関の扉が閉まる音がした。 「本当良い人見つけたな」  健次郎は戻るなりサチを見て呟く。 「確かに」  否定しても仕方ないのでサチは頷く。 「あ、健ちゃん。荷物積み込み易いように出しといた方が良いんじゃない?」  由梨が思い出したようにそう声を掛けると、健次郎と一緒にキッチンにワインとビールを取りに行く。 「サチも帰るのか」  陽太が残念そうに言うので、またパーティーしようねと、康孝のように指切りをした。 「鞍馬、忘れ物ないか?」 「大丈夫」 「サチー。今日は本当に楽しかった。康孝さんによろしくね」  ハグするように抱きしめると、由梨は厚手のエコバックに入ったワインをサチに渡す。 「え、なにこれ重くない?」 「うちにあっても飲まないから、他のお酒も入れといた」  健ちゃん私ほど飲まないじゃん忘れたの?と笑う。 「確かに。由梨が飲めないなら減らないね」  素直に受け取ると、窓の外に車のライトが光る。 「じゃ、今日はありがとう。めっちゃ美味しかった!」  由梨に挨拶を済ませると、陽太と朱莉の頭を撫でてリビングから出る。  ビールを持った健次郎と一緒に玄関を出ると、後部座席にビールを積んで、サチも車に乗り込んだ。 「じゃ、またね」 「おう。また由梨とも会ってやって。康孝さんも遅くまでありがとうございました」 「健次郎くんも、また飲もうね」  挨拶もそこそこに、康孝は車を出した。
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