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「ごめんねサチ」
握る手を強めて康孝がボソリと呟く。
「どうしたの急に」
笑って返すが康孝に止められる。
「もしかしてご両親を思い出したんじゃないの?」
「……それは」
「無神経だった。ごめん」
「なんで謝るの。素敵なご両親じゃない」
紀子と周平は本当にあたたかく迎えてくれた。とても愛情深い両親だ。
「俺、ちょっと舞い上がってるみたいで、サチの気持ちとか考えてなかったね」
「そんなこと……気にしないで、私が一人で感傷的になっただけだから」
「でも……」
「謝らないで。私、こんなあたたかい中に入れてもらえるんだって、想像して嬉しくもなったし」
康孝を見上げると、本当に平気だからとサチは笑った。
「サチがそう言うなら良いけど、俺にくらいはきちんと話してね」
康孝はサチを抱き寄せると、立ち止まって頭を撫でた。
「ちょっとね、ほんの少し羨ましくて悲しくなったの。それだけ」
腕の中でボソリと呟くと、抱き返すように康孝の背に腕を回した。
「そうか」
「うん。あたたかくて、優しくて、私大好きだな」
「ありがとう」
康孝はサチを抱く腕を離すと、行こうかと手を取って指を絡めた。
しばらく歩いて康孝のマンションに到着すると、康孝は車で送ると言い、リモコンでガレージのシャッターを開ける。
「顔色が悪いけど大丈夫かな」
「全然。メンタルの問題」
「そうなんだ。じゃあ気晴らしにドライブでもする?」
ロックを解除すると車に乗り込んで康孝がサチにそんな提案をする。
「行きたいところだけど、仕事に行かなきゃダメかも知れないし大人しく家に帰るよ」
シートベルトを締めてサチがもしもの仕事に備えると答えると、康孝はせっかくの休みなのにと溜め息を吐く。
「じゃあ、サチの家に入り浸って良い?」
「なに、入り浸るって」
吹き出してサチが笑うと、康孝は体調がそこまで悪くないなら一緒にいたいとサチの頭を撫でた。
ピコン。そこでスマホのメッセージを知らせる着信音が鳴る。
サチは慌てて鞄からスマホを取り出すが、メッセージが届いた様子はない。どうやら康孝の方らしい。
「康孝さんじゃない?」
「なんだろう、叔母さんかな」
幸い車はまだガレージから出ていない。康孝はポケットからスマホを取り出すと、メッセージを確認して難しい顔をする。
「どうかしたの?」
「仕事の連絡が来た」
どこか面倒臭そうに康孝が溜め息を吐く。
「叔母様?」
「いや、副業の方」
「副業?」
首を傾げていると、康孝が家からノートパソコンを取ってきていいか尋ねる。
「いいよ。待っとくから」
「ごめんね」
謝るとすぐに車を降りて康孝はエレベーターに乗り込んだ。
「副業ってなんだろ」
ガレージの車の中に一人残されたサチは、独りごちて、まだまだ知らないことがたくさんあるなと思った。
自分自身も話していないことがまだあるだろうかと考え込んでいると、康孝がビジネスバッグを持って戻ってきた。
「お待たせ。サチの家で作業しても良いかな」
「うちで集中できるのそれ。私邪魔にならない?」
「ちょっとでも一緒にいたいんだよ。それに次いつ会えるか、サチは忙しいから」
「まあ、否定はできないかな」
じゃあ出すよと康孝はエンジンを掛ける。
「ところで副業ってなんなの?」
走り出した車内でサチは康孝を見て尋ねる。純粋な好奇心からだ。
「んー。家に着いたら話すよ」
何故か言葉を濁す康孝を不思議に思いつつも、それ以上は聞かずにサチは黙った。
康孝はナビも使わずに、道を覚えているようで住宅街を抜けてサチのマンションに車を進める。
「コンビニとか寄らなくて大丈夫?」
「今日泊まっていいなら寄りたいかな」
「別に構わないけど」
「やった」
康孝は嬉しそうに笑うとサチの頭を撫でた。
そうしてサチの家に着く前にコンビニに寄り、康孝は下着や歯ブラシ、避妊具までカゴに入れた。サチはそれを見なかったことにして、ペットボトルのお茶とお菓子を何個かカゴに入れた。
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