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「ん……」
カーテン越しに陽の光を感じてサチは目を開ける。酷く頭が痛み、腰回りも重たい感じがする。月のものが来たのだ、仕方がない。
ベッドの上で身体を起こすと隣にもデスクにも康孝の姿はなかった。
その代わりにいい匂いがサチの鼻腔をくすぐる。
寝室の引き戸を開けると、康孝が朝ご飯の支度をしているようだった。
「おはよ。何作ってるの」
康孝を後ろから抱きしめて手元を覗き込む。
「おはようサチ。起きて大丈夫?しんどくない?」
「大丈夫、毎月のことだから。それよりちゃんと寝たの?」
サチが尋ねると、康孝は振り返ってサチを抱きしめ、一時間くらいはねと頬にキスをする。
「それ寝てないのと同じだから」
康孝の頬をつねると、顔洗ってくるねと洗面所に向かう。
勢いよく蛇口を捻って冷たい水で顔を洗うと、ついでに口を濯いでうがいをする。
少し跳ねた髪を手櫛で整えるとタオルで顔を拭いて洗濯機を回す。
リビングのカーテンと窓を開けて、空気を入れ替える。康孝はまだ料理をしているので、その間にフロアモップで掃除して回る。
「今日けっこう冷えるね」
寝室のカーテンと窓を開けながらサチは康孝に声を掛ける。
「うん。だからスープを作ったよ」
あとはパンをトーストするだけの手抜き、そう続ける康孝にサチはスープだけでも充分だよと返す。
「うわ!クラムチャウダー?」
「クラムチャウダー風のスープ」
冷凍庫の海鮮ミックスを使わせてもらったよとサチに断る。
「贅沢だなぁ。朝起きてご飯が出来上がってるなんて」
「もっと手が込んだものを作ってあげたかったんだけどね」
「そんなのバチが当たるよ」
サチはフロアモップを片付けると、改めて手を洗ってキッチンに戻る。
「あ、お皿勝手に出したよ」
「ありがとう」
ここで食べる?と尋ねながら、サチは布巾を絞ってダイニングテーブルを拭く。
「サチは座ってて。不躾だけど、こんな時女性って食欲はあるの?」
「他は知らないけど、私は食欲が爆発するタイプ」
「なに爆発って」
康孝は爆笑するとスープをよそう。ボウル型の深皿に盛り付けられたクラムチャウダーにはバジルだろうか、緑のアクセントが添えられていた。
「はいはーい。パン焼けたよ」
フライパンで焼いたらしたらしく、バターがしっかりと染み込んだトーストが皿に置かれる。
康孝が席に座るのを待って手を合わせる。
「ありがと。いただきます」
「いただきます」
会話を楽しみながら朝食を摂る。康孝が作ったクラムチャウダーは絶品だった。
「凄い美味しい!なにこれ。お店出せるよ」
「はは。店では出したことないけどね」
「そうか。カリスマ店長は既に店があったか」
サチが笑うとつられて康孝も笑う。
「トースター分からなかった?」
「フライパンだと早く焼けるから」
そんな会話をしながらあっという間に朝食を平らげる。
「めちゃくちゃ贅沢な時間だった。ごちそうさまです」
「喜んでもらえて良かった。ごちそうさま」
康孝は立ち上がると食器を片付けて洗い始める。それくらいするよとサチは言ったが、康孝は譲らなかった。
「サービスデーだ。贅沢すぎる」
ピピッと電子音が鳴って洗濯の終了を知らせる。サチは洗濯物をカゴに移すと、リビングからベランダに出て洗濯物を干していく。
冷え込みはするが、太陽が眩しいので充分洗濯物は乾くだろう。
ベランダから戻ると、サチは冷蔵庫を開けて野菜ジュースを取り出し、康孝に飲むか尋ねて二人分グラスに注ぐ。
「康孝さん、すぐ出るの?」
野菜ジュースを飲みながら寝室でジャケットを取り出す康孝に声を掛ける。
「うん。必要なものを取ってくるよ」
「内鍵掛かってないと良いね」
サチが笑うと康孝はあり得るから笑えないよと困った顔をする。
「あ、そうだ」
突然思い出したように康孝がサチに顔を寄せる。
「どうしたの」
「ベッドを処分する気はあるかな」
「あぁ、軋むから?」
「違うよ。俺の身長だとサチのベッドは少し窮屈なんだよ」
「あ、そっち」
「年がら年中エロいこと考えてると思ってるでしょ、違うからね」
「頭の中そればっかりだと思ってた」
サチは爆笑して膝を叩くと、ごめんごめんと繰り返して康孝の手を握った。
「十四年苦楽を共にしたベッドだけど……そろそろ買い替えたかったから良いよ」
寝室のベッドを振り返り目元に手を当てて泣き真似をすると、サチは笑って康孝にそう答えた。
「じゃあ、ちょっと家具屋に寄って手配してくるから少し戻りは遅くなるよ」
「古いの引き取ってもらえるのかな」
「処分する必要があれば粗大ゴミ?になるのかな。調べといてもらえるかな」
「分かった」
キスを交わして康孝を送り出すと、サチは鍵を閉る。
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