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「店長、みんな怯えてますよ?」  窺うようにフロアチーフの館林が声を掛けて来た。 「あぁ?」 「だから、その怒りのオーラが半端無いんすよ」  館林もまた怯えたように、しかし皆から言われたのだろう責任感からサチに話し掛けに来たようだった。 「混む時間でしょ、ご機嫌窺いしてるヒマあんの?フロア出な!」  明らかに八つ当たりなのだが、サチは確かに怒っていた。 「ほらぁ!さっさと行く!」  館林に厳しく当たると、サチは事務所兼、休憩スペースの端にあるパソコンラックに向き直り仕事を再開した。  康孝の店を出て、未だ治らないパニックをどう鎮めようかと頭を抱えていたところ、スマホが震えている事に気が付いた。  電話の相手は館林で、バイトが二人当日欠勤したので人手が足りないとの報告だった。  なんでこんな時にと思ったが、仕事に行けばモヤモヤも治るかもしれないと気持ちを切り替え、今から行くと電話を切った。  しかし案の定と言うべきが、着信があってから一時間経ったが、結局パニックと怒りは治まっていなかった。 「はぁ……もう、なんなの最悪」  髪をくしゃくしゃに掻き乱して、そのまま両手で顔を覆う。思い出しては反芻してイライラが増していく。 『では貴方を一晩で』  ―――なんなのあの男は!しかも一晩ってなに!  少し野性的な色香の漂わせ、丁寧な口調で語りかける康孝のギャップを思い出してイライラが募る。 「盛った犬じゃあるまいし」  思い出したく無いのに、ハッキリと記憶がフラッシュバックしてサチは自分の無防備さを嘆いた。 「あーやだ!もうっ。今は仕事しなきゃ」  そう言って髪を整えると、強制的に頭の中を切り替える。  館林の報告によると、今日突発的に休んだのは、就活中の丸山、もう一人は、幼い子供を抱えたシングルマザーのベテランスタッフ嶋先だ。  丸山の方はまだ良いが、嶋先が休んだのは痛手だった。確か小学生の娘と保育園に通う息子のどちらかが喘息持ちなのだ。親御さんに頼める時が殆どなのだが、たまたま今日は、それが出来ないようだから仕方がない。  午前中からランチの流れを業務日誌で確認し、以降の混雑状況をシュミレートしながら、来るディナータイムの人員配置を考え、指示を出すために事務所を後にする。  サチが顔を見せた途端に、フロアの空気がピリついたのが分かる。それはひとえにサチが般若の形相で店に現れたのが原因なのだが、今は仕事モードに切り替えたので表情を和らげてスタッフに指示を出す。 「内山ぁ、ドルチェ以外は悪いけどフロアに出てサポートしてやって。紗季ちゃんと工藤、前野くんはいつも通り館林に従って動いて。レジは出来るだけ紗季ちゃんに負担が掛からないようによく見とくように。的場さんと私でキッチン回すから、オーダー遅れ気味でフロア捌ける場合は内山キッチン固定でフォロー。以上」  パンと手を叩くと、各自持ち場に戻るように声を掛け、サチは内山と入れ替わりでキッチンに入った。
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