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 その後一ヶ月ほどが経過したがサチの周りに変化は一切無く、転職の方も一向に話が進まないまま、ただ慌ただしく時間だけが過ぎていった。  仕事が見つからない焦りはあったが、今の職場から辞めるように打診されているわけではない。転職の希望を伝えてはいるものの、それも決まり次第の話であるため、今までと何ら変わらず、体力とメンタルをガンガン削られる日々が続いている。  そんなサチの最近の心を支えてくれていたのは、楽しみにしていたイベントだ。作家、北条大和の新刊発売記念サイン会である。  前々から当日は絶対に休むと伝えており、全く消化出来ていない、休日出勤の振休扱いでシフトはイベント当日の明日から三日間の連休で組んだ。  週末は特に忙しいので休むことに少しの罪悪感はあるものの、スタッフは的場や館林を筆頭に、人員を確保しているため自分がいない事が影響することはまずない。  店長だからと必死に率先して働きまくった時期もあったが、今はなるべくスタッフの育成のためにも、定期的に土日のいずれかは休みを取るように心掛けている。 「店長、来月のシフトなんですけど……」  考え事をしながら事務所で作業をしていると、休憩に入った嶋先から声を掛けられる。 「どうしたの?」 「母が体調を崩してしまって、早番固定じゃないと難しいかも知れません」  暫くは迷惑を掛けてしまいますがと嶋先が頭を下げる。 「入院とかならシフトすぐ組み直そうか?」 「いえ、来月からで大丈夫です、足を痛めて精神的にも参ったみたいで。それに多少やる事があった方が元気も出るそうなので」  嶋先が複雑な表情で笑う。 「そう?ムリはしないようにね。いつでも声掛けてくれれば良いから」 「はい。ありがとうございます」  一通り報告し終えると彼女は休憩スペースへ戻り、先に休憩に入っているスタッフと談笑を始めた。  嶋先の他にも早番固定のママさんスタッフは三人いる。  こちらはパートタイム扱いなので、オープンの十一時からランチタイムまでの四時間程の勤務だが、嶋先はキッチン担当のフルタイム希望なので、来月はオープン準備も含めた九時入りで仕込みも手伝って貰う事にする。  今まで処理していた作業をやめ、他のスタッフからもボチボチ提出されているシフト希望を確認しながら、シフトの仮組みを始める。 「パズルみたいで頭使うんだよね……」  シフトを組むのは相変わらず苦手だが、各々の希望をとりあえず全て出勤可能として打ち込んでいく。サチの場合はそこから消去法でシフトを作る。  今日は予定取りスタッフが全員出勤しているので、休憩を回すために必要であればフロアに出る程度で済む。  溜めていた事務処理の片付けに没頭していたのだが、遅番スタッフの学生組が出勤してきた事で、そろそろ上がる時間になったのだと気が付いた。  しばらく遅番が続いていたサチだが、今日は久々の早番だ。おまけにクローズまで館林と的場が出勤しているので安心して任せて仕事を切り上げられそうだ。  遅番スタッフの朝礼を済ませた後、途中まで進めていたシフトの仮組みをキリの良いところまで終わらせると、館林と的場にお任せしますと挨拶を済ませて店を後にした。
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