抗がん剤投与、初回。

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抗がん剤投与、初回。

荷物をまとめて、バスで病院へ。 総合案内の窓口に申し出てから、入院病棟へ向かう。 婦人科入院病棟、1か月前にもいたはずなのに、随分と余裕をもって見ていられるのは、カラダの内部からくる痛みがなくなったからだろうな。 スタッフステーションへ行くと、クラークのIさんが気づいてくれた。 「こんにちわ。お願いします」 「こんにちわー。あ、顔色、いいですねぇ」 「はい、おかげさまで。今回もお世話になります」 今回も投与の関係上、個室。前の病室とは向きが逆になっているなー(違う部屋なんだけれどね)。 持ってきた荷物を備え付けのロッカーに入れて、簡単に着替えて、持ってきた文庫本を可動式テーブルの上に置く。ミネラルウォーターのペットボトルをあけていたら、看護師のIさんが来た。 「こんにちわー、カナデさん!久しぶりです」 「あ!こんにちわ。今回もお世話になります」 「うん、朝、日報を見たら名前があったから、ああ、今日からなんだって思って。顔色、いいね。よかったです」 「本当にラクになりました」 などと雑談を交わしながら、Iさんは色々と準備をしてくれる。 必要書類を提出して、それを確認してもらう。 血圧、体温測定。聴診器での心音聞き取り。それから、今回の、2泊3日のスケジュールを簡単に説明してくれた。事前に話しは聞いていたけれど、やはり不安になってくる。 基本、やることはほとんどない。だが、体力は半減どころの話しではない。 食事の分類も常食。ただし、牛乳はヨーグルトに置き換え。このあたり、しっかりと電子カルテに入っているみたい。 んでもって、翌朝。 朝食後、朝の回診時、A先生とも少し話しをして、いよいよ化学療法=抗がん剤投与の初回が始まる。 Iさんが来てくれて、血液検査のために採血。相変わらず血管が細く、逃げようとする。苦笑いするIさんと私。なんとか無事に採血。これを、私はこの後、ずっとずっと、今に至るまで繰り返すことになる。 血液検査には1時間近くかかるので、その間は、ぼけーっとすごしていることになるのだが…… 手元に残っている書類を見ると、こんなスケジュールになっていた。 採血⇒血液検査。 心電図と酸素計測のための装置を装着。 アレルギー予防の薬を服用。 点滴その1。同じくアレルギー予防の薬が入っている。 点滴その2。この中に胃薬も入っている。 点滴その3。この中には吐き気止めの薬が入っている。 ……ここまでで、およそ1時間。 さて、このあとだが。 点滴その4。抗がん剤「パクリタキセル」投与。 ……これが3時間かかる。 点滴その5。抗がん剤「カルボプラチン」投与。 ……これがおよそ1時間。 えー……これで軽く6時間。 ちなみに、血液検査の結果が出る時間は考慮していない。この間に、食事とお手洗いなどが入る。こりゃ、確かに1日仕事だよなぁ。 基本、スケジュールは2回目からも変わらない。 血液検査結果が出て、A先生からもGoサインが出たということで、点滴開始。 基本、ベッドに横になったままである。お手洗いに行きたいときは、看護師さんに来てもらって、心電図などを一旦取り外して動く。 投与が始まってしばらくして、病室のドアがノックされた。 「失礼します。こんにちわ、薬剤師のMといいます」 と、顔を出してくれたのは、病院薬剤師のMさん。 今回の抗がん剤の説明などをしてくれるために、病室まで来てくれたのだ。 注意事項と副作用、投与後の過ごし方や今後のスケジュールなども話しをしてくれた。 「で、この抗がん剤、間違いなく、脱毛があります」 「あー、そうなんですねー、やっぱり」 下世話な話し、全身のありとあらゆる「毛」が脱毛するという。もちろん、個人差があるけれど、だいたい初回投与から半月ほどで脱毛が始まるとか。 Mさんが持ってきてくれた資料の中には、脱毛が始まった時にかぶるネットのお試し版やウィッグのカタログなどもあった。医療用ウィッグ、やはり高価なんだよなぁ。でも、私はウィッグは最初から考慮していなかった。 というのは、帽子やストール、スカーフなどでカバーできるだろうし、仕事に行くようになったとしても、人前に顔を出す仕事ではないので、ウィッグは必要ないと思っていたから。 「あと、スキンヘッドも楽しんでしまおうかと(笑)」 というと、 「それはまた前向きですねぇ」 と、笑いながらMさんが返事をしてくれた。 だって、めったに経験できるものじゃないもん(笑)だったら、楽しんでしまおうっていうのが、投与される前に決めたことでもあったから。 その他、Mさんに、今後の生活での注意事項などを教えていただいて、帰宅時に処方される飲み薬も説明してもらう(これが10種類近いのよ)。また、私自身が不安に思っていることを話してから、ふたたび、病室にひとり。 文庫本を読んだり、Mさんからいただいた資料を読んだり、事前にA先生からもらっていたTC療法の小冊子を読んだり、テレビを観たり、スマホを弾いたり。 不安だらけでも、やってみないとわからない。それが、化学療法。 cf7e5ebe-4ef9-4c76-a60e-37b499abd832 投与されている時は、ごくごく、ふつう。 動悸やめまいもないし、吐き気もとりあえずは大丈夫。時々、様子を見に来てくれる看護師さんも、スタッフステーションにある心電図なども正常値だから大丈夫だと言ってくれる。 気持ちにも少し、余裕ができたのだろう、お昼をいただいて、しばらくして……猛烈に眠くなってきた。 投与されている抗がん剤には、アルコールが入っているので、体質によっては酔っ払ったような感じになるらしい。また、眠くなる薬も入っている。 昼間の病棟は、意外と静かだ。 面会時間になると、少し賑やかだけれど、今回の入院は特に私は人が来るわけでもないので……そのまま寝てしまった。 「おーい、カナデさーん」 名前を呼ばれているなーと思って、目を開けると、Yさんがいた。 「あ、Yさん……」 「1回目の投与、無事に終了しましたよー」 と、ニコニコ笑顔で教えてくれた。腕にささっていた点滴用の長い針をとってくれて、消毒液のついたガーゼを貼ってくれた。それから、化学療法用点滴マシンを片付けてくれる。 「長いですねぇ…」 ちらっと、スマホの時計を見ると、18時近い。そろそろ夕食の時間だ。 「よく寝た…」 「うん、よく寝ていたと思いますよ(笑)でも、それでいいんです。この先が長いんだから」 「はい」 久しぶりに……本当に久しぶりに「寝たなぁ」っていう気持ちになった。 なにかあっても、ここは病院。すぐに看護師さんやA先生も来てくれる。そういう安心感もあったんだろうな。 心電図と酸素計測はそのままで、その夜は過ごすことになった。 翌朝、朝食をいただいても、特に体調に変化なし。血圧も正常値。 「OK。今日はこれで家に戻っても大丈夫ですよ」 と、A先生からの伝言に、ホッとした。 着替えて、荷物をまとめていると、Iさんが来てくれて、次回の再診予約をとってくれて、21日分の処方薬と一緒に、 「これ、今、ここで飲んでくださいな」 と、少し大きめのカプセルを持ってきた。強力吐き気止めだ。うわ、こういうのも飲まないといけないのか…と、一瞬、怖くなる。 「なにかあったら、遠慮なく連絡くださいね」 「はい、ありがとうございました」 総合案内で入院費を支払ったけれど、これも本当にすさまじい金額になってる……入院費などを除いても、この先、一か月で4万円ちょい、かかるというから怖い(社会保険制度を使っても、コレ)。 その後、外来治療センターへ足を運ぶ。 入院病棟を出る時に、K看護師長さんから、外来治療センターへ行ってねと言われていたからだ。 外来治療センターとは、私のような抗がん剤治療、もしくはなにかしらの投薬が必要な人が、日帰りで利用する施設。完全予約制。 婦人科外来病棟とは正反対の場所に、外来治療センターはある。 「こんにちわー……」 と、中待合室で声をかけると、クラークさんが顔をあげてくれた。 「はい?」 「あの…再来週からお世話になる予定のカナデです……」 「はい。お待ちしておりました」 クラークさんはSさんという女性で、実は同郷(しかも、ご実家もかなり近い)ということが、のちに判明する。 Sさんが声をかけたのは、がん治療のスペシャリスト看護師、Yさん。その名の通り、がん治療に関しての特殊技能などを持った看護師さんだという。その証しのピンバッジがスクラブの襟についていた。 「初めまして。Yです。次回の投薬からは、こちらでやっていきますね」 センターの中を簡単に案内してもらってから、聞き取りのために別室へ。 今後のスケジュールと次回予約の確認。そして、改めて、なにかあったときは遠慮なく連絡してほしいということを言って頂いた。 少し言葉に窮していた私は、ぽつんと……呟いた。 「本当に大丈夫なのかなって……思っちゃって…色々……怖くて」 すると、Yさんは、 「うん。みなさん、そういうんです。だけど、私たち看護師やA先生、クラークは患者さんのために存在しているんですよ。怖かったら怖いって正直に言ってもいいし、泣いてもいいんです。私たちの前では弱音、吐いてもいいんですよ。我慢が一番、良くないんですよ」 と言ってくれた。 これに関しては、A先生からも言われている。 抗がん剤治療中は、精神的なストレスを抱えるのがよくないことなんだと。 辛かったら辛い、泣いてもいいんだと。 「それが私たちの仕事だけれど、でも、患者さんのココロを受け止めるというのも……私は、決して、仕事だけじゃないと思っています」 ニコーッと笑ってくれる。 「一緒に、治療していきましょう」 私は、この言葉に、ものすごい救われた気がした。 なんて運がいいんだろうとも思った。 「はい、よろしくお願いします」 外来治療センターを出て、総合受付を横切り、病院の外へ。 どうしようかな、と思ったけれど、買い物をしたかったので、バスで最寄駅まで戻ってから、ゆっくりゆっくり、歩いてスーパーへ行き、とりあえずチルド商品やミネラルウォーターの足りない分を購入して帰宅した。 帰宅して、お昼を軽く済ませて、少し落ち着いたかなと思った頃。 「ぐええええええええ………!」 きたよ、きたよ……嘔吐感が来た!ものすごいムカつき!! 布団に転がって、身体を横にして、教えてもらっていた対処法を試す。でも、じわじわと来るものは、時間が経つほどにきつくなってくる。 「あああああああああ………」 声を出したくなくても、出てしまう。幸い、この当時はとなりの部屋が空き部屋だったので、少しくらいは大丈夫だろうと思っていたけれどさ。 吐き気止めの薬を飲んで、呼吸を整える。マジで、かなりのキツさ。初回でコレって…… で、少し落ち着いたと思ったら、今度は、腰の痛みと下半身の関節の痛みがじわじわ……! 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」 痛い、痛い、痛い痛い痛い、痛い、吐き気怖い、痛い!!!! 鎮痛剤を飲んでも、ダメなものはダメ。とにかく、痛い、だるい、痛い! 身体を冷やしてはいけないのだが、かけ布団の重さがつらい。だけど、身動き取れない! 薬剤師のMさんにも言われていたけれど、まさかこんなにしんどいなんて! 「やだよー……しんどいよ…」 涙がぼろぼろ、こぼれてきた。 自分が決めたことだけれど、後悔はしないって思ったけれど、こんなに辛いなんて思わなかったんだよ。 想像を絶する痛み、ダルさ、吐き気。 文章なんかじゃ伝えきれない。 その日の夜、処方されていた薬を飲む。 でも、寝ているのか寝ていないのか、わからない状態。身動き取れん……お布団の中で唸ることしかできない。幸い、一番怖かった「頭痛」はなかったけれど、それ以上の痛みとつらさだわ、これ。 抗がん剤投与は、正常な神経細胞にまで浸透し、それらを壊しながら浸透していく…という言い方でご理解いただけるだろうか。 抗がん剤治療は、最終的には、 「」 かもしれない。闘いたくなくても、これはもう、どうしようもない。 だけど、それを共有したくても、相手はいないし、家の中には私だけ。そもそも、この痛みは共有できないだろう。 翌朝、やっと夜が明けたなって思ったのだが、今度は関節痛と両脚の倦怠感が酷い!立ち上がれない!全身にチカラが入らない! 「ちょ、ちょっと……これは……」 声を出すのもつらい! 狭い家の中を這いずり回り、必死に冷蔵庫の前に行くと、購入してあったゼリー飲料を口にする。それから、また必死に処方薬を飲んで、また身体を横にする。購入しておいた電気あんかがものすごいありがたい。 「……」 涙がこぼれる。 なんで、こんな思いをしなきゃならないんだろう。 いや、自分で選択したことなんだから、今更、愚痴言っても仕方ないんだけれど……だけど……と、堂々巡り。 ずっと、ネット回線は開きっぱなしにしておいたので、オンデマンドで音(音楽なり、番組なり)だけは流しておく。なにか、音がないとさみしいし、辛くなるばかりだったから。Amazonプライム、契約しておいてよかったわ…… でも、操作するのもしんどいのよ!!(絶叫) これが、あと半年も続くのか……                   (続きます)
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