悔しかった「ひとこと」。

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悔しかった「ひとこと」。

2回目の投与から一週間ほどは、身動き取れず…というのは、前回も書いたお話し。とにかく、寝ているしかない。 最初の入院時に来てくれた、都内に住む、おばが心配して一度、マンションまで来てくれて、話し相手になってくれて、少しお部屋の掃除もしてくれた。 「ごめんね、おばちゃん……」 「なーに言ってるの。遠慮なんていらないんだよ」 東北出身で、気持ちもおおらか、そして何といっても料理上手のおばは、煮物を作って持ってきてくれた。ジャガイモとニンジン、豚バラ肉の煮っころがし。そして、大根のぬか漬け。タッパーにたくさん入っていた。 これがねー、本当においしかったのだ。 副作用のひとつに、 「濃い味のものが食べたくなる」 というものがある。おばはそれがわかっていたのだろうか、少し濃いめだったけれど、これが本当に助かった。 この時の雑談で、初めて知った。 実は、おばも「がんサバイバー」であるということだ。箇所は違うけれど、とある臓器をばっさり、切除したという。だからこそ、私がしんどいと泣いている気持ちがわかるし、副作用もわかると話しをしてくれた。 「箇所は違えど、同じがんという病気。こればっかりはね、やった人じゃないとわからないのよ」 とも。 ボロボロに泣きながら、おばの話しを聞いていた私。こんな身近に、同じ経験をした人がいたのかと…そして、おばの気持ちがとてもありがたかった。 この時、おばに言われたこともあるのだが……少し考えたのだが、その時は答えを出さずに終わった。 がん治療中に必要なものの中には、ふだんはあまり縁がないものがある。 先にも書いた、ウィッグもそうなんだけれど、その他にもあるのよ。 今後の自分のことを考えて、ちょっと悩んだけれど、それでも必要かなと思って、2回目の投与後、ようやく動けるようになってから、必要なものを購入するためにお買いものに行くことにした。 天気がいい日を選んで、しっかり防寒対策をして、電車に乗る。 まず、向かったのは新宿の某百貨店。 何を購入したかというと、「小さなステッキ」だ。 手足の痺れが段々と強くなってきて、歩いていても足の裏の麻痺があり、また全身に抗がん剤が入ってゆっくりと浸透してくると、手足の感覚がマヒしたり、関節痛がでてきたりする。普通に歩くのも困難な状態。これ、歩いているうちに、いきなり倒れたりしないかと不安になったので…杖を購入したほうがいいかなと思った。 実は、ロフストランドクラッチは持っているので、それを使おうと思ったけれど、どうも…邪魔になるんじゃないかと思って(デカいし)…… 杖専門のお店ってそれほど多くはないのだが、京都に専門店がある。そのお店の新宿店。百貨店の片隅にあるので、それほど多くはないのだが、お店のスタッフさんは専門店から来ている方なので、相談させてもらって、購入したのが、折り畳み式の杖だ。しかも、5段に折りたためるという優れモノ。 でも、ふだんは折りたたまず、杖のタイプのままで保管しておくことを勧められた。 お値段はそこそこ、いいお値段がする。しっかりレシートをもらってから、購入したステッキを片手に、ゆっくり歩きだす。体調は悪くはないが、手足の痺れはかなりきつい。まだ2回目だぜー…… そのまま、電車に乗ろうとしたけれど、時間を見て、少し歩いて、スターバックスコーヒーへ行く。スタバのコーヒー、飲みたかったんだよ。 スターバックス・ソイラテのホットをゆっくり飲みながら、ちょっと考え事。 まだ治療は続く。投与されるたびに身動きできなくなり、食事関連などもちょっと困ったりもすることがわかってきた。 先日、来てくれたおばと話しをしたことを思い返して、自分としての結論を出した。あとは、相手に相談だけれど…… それから、向かったのは、同じ沿線の途中駅にある某サロン。 ここは、医療用ウィッグなどを取り扱うお店。普段使いのウィッグももちろん、用意されているし、私のように病気などで頭髪がない方の相談なども受けてくれる。 今回、購入しようと考えていたのは、ウィッグではなくて、ワッチキャップ……スキンヘッドをカバーするためのキャップを購入するため。通販などでもあるのだが、やはり、一度は相談しておいたほうがいいと思って、ネット検索&いつもの病院で教えてもらったお店だ。 抗がん剤治療中は、怪我をすることができないというのは、前回も書いたけれど、アタマをぶつけて頭皮に傷がつくことも避けたいし、まだうっすら、髪は残っているけれど、個人差はあるというが、ほぼスキンヘッドになることは決定事項。出かけるときは、ストールやらふつうの帽子でもカバーできるが、在宅していて、アタマが寒い(笑)季節柄、寒い時期でもあるし……スキンヘッドとはそういうものなのよね。だというのも身をもってこの時、経験した。 お店の最寄り駅から少し歩くが、それでもゆっくりゆっくり……歩いて到着。 サロンに入ると、女性スタッフさんがいたのでお声がけする。 ワッチキャップの類が欲しいと話すと、すぐにお店の棚から色々な種類のキャップを出してきてくれる。 「わー、おしゃれ…!」 「でしょう?今は、ふだん使いもできるタイプも多いんですよ」 値段もピンキリ、タイプやデザイン、カラーも豊富。目移りしてしまう。 しばらく、あーでもないこーでもないと話しをして、最終的には3枚、それぞれタイプやデザイン、カラーが違うキャップと脱毛をカバーするキャップ(これはいつもの病院でも売っているんだが)を購入。 と、スタッフさんが言った。 「そういえば、シャンプーはどうされています?」 そう。これね、実はいつも使っているシャンプーやトリートメントを使うと、ピリピリしていたのは事実。スキンヘッドに近づくにしたがって、そして抗がん剤投与を重ねる毎に、やはり頭皮が敏感になってきているらしい。 市販品のシャンプーやトリートメントは、あまりおススメしないという話しもあって、しばらく唸ったのだが、スタッフさんが出してきてくれたのは、皮膚に優しい素材だけを使ったという、専用シャンプーだ。お値段を見て、 「おうふ……」 と、思わず声を出してしまったけれど、でも、購入して損はないと思ったので、1本、いただくことにした。これは購入して「正解」だったよ。本当に助かったし、皮膚への刺激も軽減された。やはり、専用に作られたものはよくできている。 だけど、えーっと……今日、いくら使ったんだ???(汗) 必要経費として出て行った費用に関しては、きちんと領収書をとっておくようにって、教えてもらったんだった…(このために、ファイルとケースを用意して、その中に整理しておくようにした)。 帰宅して、しばらく悩む。 この先のこと。 夜になると、手足の痺れが強くなる。まぁ、歩いたし。 簡単に夕食を取って、マグボトルにほうじ茶をいれて、お布団のそばに置いて、クスリを飲んで横になる(薬の種類は朝昼晩と飲む種類が変わってくるんだけれど、10種類近くあったかな~)。 でも、眠れないことも多いのだ。妙な時間に目が覚めたりすることもある。 眠れないっていうのは、ヒトというイキモノにとっては、とてもつらいこと。 「御守りね」 と、A先生が出してくれていた、睡眠導入剤。できるだけ飲まないようにしているのだが、でも、我慢せずに飲んだ。 で、動けるうちにと思って行ったお店がもうひとつあるのだが、そこでの「とんでもない話し」。 そこは、自宅マンション近所にあった家庭料理とお酒のお店。これを書いている現在(2020年9月初旬)には、このお店はすでに閉店してしまっているけれど、この地域に引っ越してきた時からお世話になっていた。小さなお店だけれど、とてもおいしい料理とキンキンに冷えたビールが、すごくおいしい。ママさんと娘さんで経営していて、ママさんは地域でも顔が広く、民生委員さんなどもしている方。 隠れ家的な存在のお店で、常連さんもご近所さんという方が多かった。 その日の夜は、夕食を作るのが億劫になり、ママさんのお店へ足を運び、ママさんにお願いして、夕食をいただくことに。 塩こうじで漬けたシャケを軽く炙ったものがメイン、おいしいご飯、具沢山のお味噌汁と根菜の煮物。ママさんの手作りで、とってもおいしい。私の病気と経済事情(笑)は、ママさんも知っているので、安心してメニューをお任せしている。 常連さんもちらほらと顔を出していて、カウンターの片隅でご飯を食べていた私に、久しぶりに会った初老の男性が声をかけてきた。 私がしばらく姿を見せなかったことと、体格が随分変わったことに驚いた様子で、まぁ、体調に気を遣っていただいたのはありがたいのだが……ママさんと私が話しをしているのを聞いていたのだろう、色々と話しをしていた中に割り込んできて(ま、お酒も入っているし…)、こんなことを言い放ってくれたのだ。 「全摘出術したんだって?聞こえちゃったんだけどさぁ。でもさ、それって、女性を捨てるってことだろ?オンナじゃなくなるってことだよな?それ、どう思ってんだよ、あんたは」 この直後、私は目の前にあったお冷のグラスを手にして、瞬間的に相手のアタマに水を浴びせていた……ドラマのようなワンシーンだけれど、本当に私は目の前にあったグラスの水を、相手のアタマに落としていたんだよね。 一瞬、店の中が静かになる。その場にいたお客様と、ママさんも凍った。 男性も一瞬、何が起こったのかわからないという顔をしていたのだが、それまで座っていた私が立ち上がり、睨みつけていることに気づいたのだろう、私の顔を見て、怒鳴ろうとしたのを、すぐに遮る。 「〇〇さん、今、あなた、なんて言いました?オンナを捨てた?オンナじゃなくなる?全摘したら女性じゃなくなるってどういう意味ですか?」 「あ……」 「どういう意味ですか?どういうつもりで今、私にそれ、言いました?答えてください!私はオンナを捨てたつもりは全くありません!あなたに言われる筋合いは、まったくないです!」 私の怒鳴り声でようやく、自分が何を言ったのか、ようやく、ようやく気が付いたんだろう。でも、もう遅い。 「今の言葉、もう一度言ってみろや!え、おっさん!!言ってみろよ!」 それ以上は私も怒鳴ることすらできず、息を切らせて、そのまま椅子に座り込んでしまって、大泣きしてしまった。 直後、ママさんが私の肩を軽く押さえてくれて、その場にいたほかの常連さんが、相手の男性に言った。 「〇〇さん、今の言葉はカナデちゃんを怒らせても仕方ないわ。それは言っちゃならねぇよ、いくら酒が入っていても、だ」 「いや、その……あの…」 「カナデちゃんがいくら、ラフな性格だとしても、そこはでかい声で言うことじゃないだろ」 「そうよぉ、〇〇さん、今、カナデちゃんに言ったこと、自分の奥さんとか娘さんに言える?言ったら大騒ぎどころの話しじゃないわよ」 と、少しおどけた調子でママさんがフォローしてくれた。 私は泣くことしかできなくて……ほかのお客様にも迷惑になるとは思っていたけれど、我慢できなかった。身体が咄嗟に反応したのは事実なのだ。 「……すまん…」 その男性は小さく謝ったが、私は首を縦に振ることはしなかった。 「絶対に許しません。謝られても、許さない!世の中の女性に対する侮辱ですよ?!オンナをそういう目でしか見ていないってことですよね?!」 しゃべるのもしんどいくらいに、全身が痛いけれど、怒りをおさめることはできなかったんだよ。やっぱり、これはどう考えても、女性軽視だったし。 この後、私はお店の奥にあった小上がりで少し休ませてもらった。 男性は、他の常連さんに連れられてお店を出て行った。 ママさんには平謝りした。お店の雰囲気を壊すようなことをしてしまったことをお詫びした。 でも、ママさんは、こう言ってくれた。 「お酒が入っていても、あれはね、言ってはいけないことよ。大丈夫、他のお客さんもわかってくれているから。あの人、前も似たようなことでちょっとしたトラブルになっちゃっているから注意していたんだけれど。カナデちゃん、あなたは勇気があるわ。ちゃんと、怒ってくれた」 「でも……」 「いいのいいの。こういうお店だから、どうしても話は筒抜けになっちゃうこともあるから。お互いに気を付けようね。カナデちゃん、気にしなくていい。むしろ、〇〇さんには、いいクスリになったでしょ」 この後、ママさんのお店でこの男性と顔を合わせることはあっても、私はどうしても許せず、完全にスルーしていた。 男性も、私の顔を見ると、気まずい顔をしていたなぁ…… 瞬間湯沸かし器のように、ものすごい勢いで怒鳴った自分が、ちょっと信じられない。それでも、やっぱり、許すことが出来ない…今でも苦い思い出のひとつだ。 みなさん、言葉にはホント、気を付けましょうね……お互いに。                   (続きます)
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