番外編「新型コロナウイルス感染が身近で起こった」その2。

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番外編「新型コロナウイルス感染が身近で起こった」その2。

 神妙な顔つきになっているIさんに、私は少しだけ口調を強めて、話しました。 「Iさんは、私の病気のことをご存知ですから、はっきり申し上げてしまいますが、今回のことに限らず、春先の騒ぎ(というのがあったのです。これも対応がものすごい酷くて……まぁ、内容は割愛させていただきます)のことは、上層部には話しをしてあるんですか?今回のコロナウイルス感染拡大のことも含めて、私はとても怖いです、怖かったです、今も怖いです。私は身体の中に、強い薬……抗がん剤を一度、入れているから、感染症に罹患しやすいというのがあるんです。私だけじゃない、他にも疾患を持っている人がいると聞いています。社員さんにも派遣さんにもいると聞いています……春先の騒ぎの件、ちっとも教訓になっていないじゃないですか!それなのに、なぜ、今回は最初の部署閉鎖期間を短くしたんですか?とてもじゃないですが、対応が酷くて、怖くて、仕事になんて来たくない。今見ても、室内、感染者発症前と、あまり見た目が変わっていないですよね?でも、私たちは時給で仕事をしています。生活が懸かっているんです。この、対応不十分の中で、仕事なんてしたくないです。今回の対応については、どうお考えなのでしょうか?それを、私はお聞きしたいです」 最後は涙目の私に、Iさんは、 「本当に申し訳ない。怖い思いをさせてしまったこと、させていることについては、本当に申し訳ない」 と、アタマを下げてくださいました。 「私は、この仕事、嫌いじゃないんです。だからこそ、対応はしっかりしてほしいと思っています。この件は、私たち派遣社員にもしっかり情報提供、してほしいです。私たちの意見もしっかり、聞いていただきたいんです」 と、私が続けると、となりにいた同じ派遣会社から来ているYちゃんが頷いてくれました。  私のほかにも、かなりの抗議の声が上がっているらしく(実際、電話の向こうで大抗議した派遣さんや、激怒する派遣会社さんもいたという事実がのちに判明します)、Iさんは、今後の対応については、決まり次第、早急に情報提供をしてくれるという約束をしてくれました。  この日、仕事に来ていた人たちは「陰性」と診断された人たちになります。  もちろん、陰性と診断された人の中でも、お休みをしている人も多いわけですが……しかし、ここで、一部の社員さんの中で、それらお休みを申し出た同僚たちに対し、非常に対応が悪かった人の話しも出てきて、ただでさえ、雰囲気がギスギスしている中なのに、えらいことになりつつありました……  あ、検査を受けた日に会ったKさんとJさんも無事に出勤されていたので、ホッとしましたよ、ええ。  翌日、出勤すると、同じ時間帯に勤務しているAさんが、声をかけてくれました。  社員のNマネージャーが、今回の件で説明をしてくれるという話しがあるそうで……もし、よければ一緒に話しを聞いてみないか?と。  もちろん、ありがたく、その話を受けました。Nマネージャーにお声がけすると、 「もちろん大丈夫です。お話しを聞いていただけるのであれば嬉しいです」 と言ってくださったので、声をかけてくれたAさんを始め、UさんとSさんも同席。そこへ、某派遣会社の営業さんも同席するということになり、Nマネージャーを含めた6人で、研修室の中でソーシャルディスタンスをとりつつ、話し合いの時間を設けてもらいました。  まず、Nマネージャーから、今回の経緯と現段階でお話しできる範囲の件の説明。  それによると、やはり、上層部でも相当の混乱があったようで、さらにタイミングが悪かったことに、Nマネージャーの元に、陽性者が出たという連絡が入ったのが日曜日。土日祝祭日は、社員さん(主に、Nマネージャーのようにデスクワーク担当者)のほとんどが休みであり、本社への連絡もままならない状態。  翌日、本社(本部と私たちは呼びます)へ連絡、本社上層部が動き出したはいいのですが、デカい組織故にかなりドタバタがあった模様……で、一時的な閉鎖と消毒を決めた。その連絡、全社員、派遣会社を通じて全派遣社員に連絡が入ったのが月曜日の夜。  個別に連絡が行った人(濃厚接触者の疑い)には、PCR検査を要請。ほかにも受けたい人は受けてもらって構わない、その費用は全額、勤務先が負担するというのもこの場で決まったことだそうです。  ところが、これまたタイミングが悪いのが、私たちの仕事は天候に左右されるということもあって……まぁ、天気が悪くなったんですよね、この週のアタマ……私たちの勤務する部署の受け持ち区域が一番広くて、勤務する人数も一番多い=その分を他のコールセンターで受け切れずに大騒ぎになったとか。  それで、サービス低下を危惧した本社が、閉鎖期間を短くすることを決めて、受付再開……したのが、結局、アダになってしまったカタチ。その後、発熱を訴える人が続出、おまけにPCR検査を受けた人の中で陽性だと診断された人も出てきました。プチクラスターです、ここまでくると。  保健所からの再通達と再検査が入ることになって、再度、受付中止。部署閉鎖、再消毒。そして、全社員、派遣社員にPCR検査を受けて欲しいという通達が、それぞれの派遣会社経由で連絡が入った……という顛末になってしまったのでした。 「どう考えても、初動ミスじゃないですか」 Sさんが強い口調で意見します。  サービス低下を危惧するのはわかる。  でも、それ以前に仕事をしている社員や派遣社員に対する配慮が足りない。  ただでさえ、都内の新型コロナウイルス感染が爆発的に増えているというのに、命の重さをなんだと考えているのか。春先の騒動の教訓がまったく活かされていない。  Nマネージャーは、私たちの意見をしっかり、目を見て話しを聞いてくれて、それらをしっかり、メモを取りながら……真摯な態度で聞いてくれます。私以外のお三方は私にとっては、オペレーターの先輩になるので、その他に対しても色々と意見を出してくれるのです。 「あの…私もいいですか?」 と、私が手を挙げると、みんなの注目が私に集まります。 「ここにいらっしゃる先輩お三方はご存知だからお話ししてしまうんですが…これ、Iさんにもお話ししたのですけれど、私、3年半前に抗がん剤治療をうけているんですよね」 すると、Nマネージャーと派遣会社の営業さんの顔がちょっと、変わりました。  話しはちょっと戻りまして……この話し合いの数日前に、婦人科の再診があったので、その時のお話しを少し。  いつものように病院の婦人科・中待合室で、クラークのIさんに、結局、検査を受けたこととコトの経緯、検査結果を伝えるとホッとした顔をしてくれました。  で、A先生の診察の時にも、今回の騒ぎをかいつまんで、カレンダーを見ながら説明。A先生も驚きながら話しを聞いてくださいました。私の仕事を知っている先生は、 「だって、カナデさんのお仕事って、止めるわけにはいかないじゃないですか…」 と、驚きを隠せない声と表情になりました。それらに関しては、全国にあるほかのコールセンターでも毎日、受け付けていることなので(全国統一システムだからできること)、特に支障はないのですが、如何せん、入電数がほかのコールセンターより断然多いことや今回のタイミングが悪かったこともお話ししました。 「なるほど…で、カナデさんの検査結果は?」 「陰性でした……って、先生、陽性だったら、今、ここに来ませんって(笑)」 「ああ、そうですよね(笑)」 ちょっと笑ってしまいましたが、それでも、今回の件で、改めてA先生は私に言いました。 「一度、抗がん剤治療をして、強い薬を入れているカナデさんには、前々から言っているけれど、やはり、ほかの方とは違うと思ってください。抗がん剤治療をしている人や経験した人に、カゼをひかないようにしてほしいと、僕が再三、言っている意味は今回のような新型のウイルスが爆発的に拡がった時、罹患しやすいというのがあるんです。罹患した場合、重症化する恐れも十分に考えられます。だから、この先も、今までと同じように、気を付けて欲しいんです」 確かに、がん治療後、カゼを引くと治りづらいなーというのはあるし、早めに対処するようにしているし、ケガも治りづらいことも理解しています。抗がん剤治療が終わって数年経つというのに……それだけ、抗がん剤というのは強い薬であることの証拠なのです。  私の「がん」と、抗がん剤治療の件は、今年のアタマにこのコールセンターにやってきたNマネージャーは知らないはずで、今回、初めて話しをしたことになります。 「それは……」 と、唸るマネージャー。 「あ、でも、私以外にも疾患を持っている人はいるはずです。がんだけじゃなくて、喘息とかほかにもあると……私は自分の病気をオープンにしちゃっていますが……でも、社員さんでも派遣さんの中でも、話しをしないだけで疾患を持っている人はいると聞いています。だからこそ、もう少し慎重になってほしいんです」 Nマネージャー、腕を組んで天井を見上げて、深く息をついてから、その腕をといて、もう一度、私の顔を見てくれました。 「ありがとうございます。話しをしてくれて。そこまで頭がまわらなかった」 「でも、全部が全部、会社側が悪いとは一様には責められません。今までも、色々と対策も施してくれていたのは理解しています。でも、なんですよね…」 私が言葉を探していると、Uさんがそれを引き継いでくれました。 「そうですそうです。それに、もう今回の感染経路がどこから来たのかなんてわからないし、こういう、たくさんの地域から人が集まってくる会社ですから、そこは間違って捉えてほしくないんですよ」 うん、まったくその通りなのです。  一様に会社側だけを責めているわけではない。ただし、今回の初動からして、やはり会社側のミスは免れない事実ではあります。それを、Nマネージャーも素直に受け取ってくださいました。それから、 「実際ね……みなさんの言っていることは間違っていないんですよ…」 と、苦笑い。Nマネージャーを始めとする部署の上層部の人たちも苦労をしているのはわかるんです。私たちからの抗議、上からは押し付けられ……中間管理職の立場の苦労というやつですね。 「私たちは時給で仕事しています。社員さんたちと違うんです。でも、同じように生活が懸かっているわけですから、本当のことを言えば、休業補償手当だって、全額出してほしいし、交通費も補償してほしいくらいですけれどね」 と、SさんとAさんは強い口調でマネージャーに進言。うん、わかるんだ。それも。でも、こればかりは国が定めたルールがありますからね……みんな、それをわかっての発言ではあるのです。  その後、派遣会社の営業さんからも、外部から見た今の状況と、勤務している人のご家族にまで、今回の対応について、波及している件が実際にあること、そして今後の対策の提案がありました(これには、さすがだなって思った意見がたくさん、ありました。この方、うちの勤務先を長く担当している方だそうです)。  他にもちょっと……一部の社員さんたちに対する不満もお話しさせてもらい、私たちのほかにも、話しを聞きたい、意見したいという方がいるのは事実なので、そういった人たちにも説明会をしてくれることを約束してくれて、1時間半くらいの話し合いは終了しました。  さて、その日の夕方から施された対策が、まずは、部署内の区分けです。レイアウトそのものを変えるわけにはいかないので、出来る限りのことが早速、その日の午後に動き出しました。  その日から、徐々に目に見える対策というのが施されました。  大型サーキュレーターの設置。  密閉されたビルなので、換気についてはどうしてもおろそかになりがち。一応、大きな窓ガラスの「腰掛」部分には換気口はあって、常時開放されており、その他にも小さなサーキュレーターがありましたが、さすがにそれでは問題ありすぎるというのは、当初から問題でもありました。  今回、Nマネージャーたちが本社とかけあってくれて、工場にあるような少し大型のサーキュレーターが5台やってきて、それらを各所に配置。  それから、セキュリティの関係上、どうしてもドアを開け放つというのが難しかったのですが、うちのフロアには私たちの部署ともうひとつの部署(同じ会社です)があるだけなので、共用廊下・エレベーターホールに通じるドア以外(IDカードで開閉します)のドアは開放。  今までも複数台、設置されていた空気清浄機(業務用の大型タイプ)も相まって、室内の空気の流れが変わりました。というのは、部署に入ると、空気のこもり具合が前と違うのはすぐにわかるくらいなのです。  それから、足踏み式の消毒液噴霧器が入口に設置されました。今までも消毒液は設置されていましたが、いちいち、自分たちの手でスプレーしないとならなかった。この問題を解決するべく、最近はあちこちで見かけるようになった足踏み式の噴霧器を設置してくれました。  そのとなりには、夏ごろに設置されていた、自動熱感知測定機もあります。  今までも各デスクにあったアルコール入り除菌スプレーのほかに、ウェットティッシュも補充。もちろん、私物で持ち込んでも大丈夫(私もこの春先から、除菌スプレーとウェットティッシュは常備してあり、ロッカーにも予備を入れてあります。ちなみに、除菌スプレーは、無水エタノールと高純度精製水、アロマオイルで自作したものもあります)。少なくなった場合は社員やSVに申し出ればOK。  目に見える違い…という点に関しては、いまさらという気がしないでもありませんが、それでも勤務先が、そこそこに大きな組織だということを考慮すれば、1週間の間によく、ここまで動いてくれたなぁというのが正直な気持ちです。  大型サーキュレーターは組み立て式で、Nマネージャーや主任のMさんが必死になって組み立てていました。 「わー、ありがとうございます!」 と、私とAさんは組み立て作業中のNマネージャーに言うと、 「いやいや、今更かもしれないけれどね。でも、上(本部)も、今回の一件でさすがに懲りたみたいで(苦笑)」 そうだろうなぁ……と、思わず苦笑いする私たち。  今回の一件は、いい教訓になったのかもしれないと、Mさんも笑っていました。  その後、他の同僚たちもマネージャーの説明を受け(強制ではなく、希望者のみ、少しずつ人数をわけての説明会にしたそうですが、ほぼ全員が受けたと聞きました)、対応策を講じたり、なんだり……すったもんだの大騒ぎを経て、 「今回の、コールセンター内での感染拡大は、一応の収束とみなします」 という、保健所からの連絡が入ったことが、部署内電子掲示板にアップされました。  とはいうものの、油断はなりません。今後も、お互いに感染拡大防止に務め、体調管理などにも配慮をするということや、少しでも体調不調があった場合は遠慮なく休んでほしいことなど、今まで通りの通達が出されたと同時に、Nマネージャーと本社からのお詫びの文面も私たち全派遣社員、そして各派遣会社にもきちんと通達されました。  今現在(2020年12月1日の時点)も、お休みをしている人が何人かいますし、この騒ぎで辞めてしまった人もいます。また、対応が後手後手に廻ったことは間違いないことで、これに関しては本社も認めてくれたことで、私たちはホッとしました。  有効なワクチンが出来ていない今、新型コロナウイルス感染拡大防止には、ひとりひとりが気を付けるしかないのです。  いつか、A先生が言っていた言葉を思い出します。 「ワクチンが出来ても安心するのは、まだ早い。当面は、落ち着かないと思うよ。だからこそ、今はお互いにそれぞれが気を付けていくしかないんです」  抗がん剤治療など、一度でも強い薬が体内に入っている人は、感染症リスクが高いということは、一部のサイトなどでも書かれていますし、先にも書いたように、A先生もその話はしてくださいました。  私自身がその当事者であるからこそ、本当に今回の勤務先での騒動(って書いちゃうぞ)は、怖くて仕方ない。今も、それらの恐怖……見えない敵と戦いながら、仕事をしています。  春先の緊急事態宣言の時だって、私たちは電車に乗って仕事に行かないとならなかったのです。そういう人はたくさん、いるはずなのです。  これを読んでくださったみなさんに、改めてお願いします。  この先、まだまだ当面、落ち着く気配はありません。  マスクの着用、人混みに無暗と出かけない、不要不急の外出を避ける、手洗い・うがい、消毒・除菌、部屋の換気。  必要以上に怖がることはありませんが、でも、が大事だと思っています。  今回のことは、人類の長い永い歴史の中で、ほんのわずかな間かもしれません。もう少し、慎重に、重大に考えていくべきことではないでしょうか。  どうか、他人事と思わず、自分自身が出来ることを考えて、これからも感染拡大防止に務めていきましょう。  長い「番外編」になってしまいました。  最後まで読んでいただいたことに、感謝致します。  次回からは、再度、本来の『がんサバイバー』シリーズに戻ります。
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