202人が本棚に入れています
本棚に追加
抗がん剤投与「完了後」のあれこれ、その4。
投与完了後のお話しです。
時間的には、投与完了後の約2か月後くらいのこと、かな。
私は派遣会社に所属していて、そこから都内の某会社に派遣されている、いわゆる「派遣社員」になります。
今の派遣元は、大きな会社で、さらに勤務している会社(派遣先)もたぶん、みなさんご存知の会社……きっと、日本中のどこかで見かけていると思います……の、テレオペのお仕事をいただいています。
がん発覚時、私が今の勤務先で仕事を始めて、ちょうど1年が過ぎたころで、仕事もだいぶ覚えたころのことでした。
本編の中でもちらほらと書いてきましたが、派遣元も、勤務先も「人」と「環境」に恵まれていて、病気が発覚した時から、ずっと、懸念していた契約終了ということも一切なく、契約続行のままで1年近く、病気療養をさせていただいていたことには、本当に感謝しています。復帰するまで、そして復帰してからもバックアップしてくださっていることは、忘れることができないし、忘れてはいけないことのひとつになっています。
私が勤務している会社には、私のように大きな手術をした人やケガ、病気を抱えた人もたくさんいます。そういったことに、とても理解のある勤務先でもありますし、また、BGLTに関しての理解度もかなり高いほうではないでしょうか。時代の流れではあるのでしょうけれど、そういった取り組みを少しずつ、進めているというのも、最近になって知りました。
社会の多様性というのは、大企業にとっても無視できない問題でもある、ということでしょうね。かなり規制がかかっていた服装規定、髪の色、ヘアスタイルなども、この4月から少し緩くなる予定です。
電話の仕事ですから、直接、お客様の顔を見ることはありませんが、でも、仕事は仕事。よほど、破天荒なスタイルでなければ、OKということになりつつあります。今は、情勢的にお断りしていますが、外部から取材が入ることもある部署なので、あまり派手なスタイルなどはできませんけれどね。
「自分のアイデンティティを持っている人は、仕事に就いても、真面目に取り組んでくれると信じている」
という、フロアマネージャーのひと言に、今の社会の流れの速さ、多様性などをちょっと……感じたのも事実です。
さて、話しを戻します。
抗がん剤投与を終えて、しばらく療養が続いていたある日、派遣元・営業堪能のTさんと、直接、会って話しをすることになりました。
それまでは、メールや電話でのやりとりがメインでしたけれど、病気発覚後、初めて顔を会わせることになります。
7月の暑い日だったかなぁ。
渋谷の某所で待ち合わせ。Tさんの担当区域は都内港区なのですが、私の体調とTさんのお仕事時間等を考えて、渋谷にしました。体調そのものは大丈夫でしたし、渋谷の某お店に行きたかったという私の思惑もあります(笑)
杖をついて、JR渋谷駅から、センター街をてくてく。
平日だったけれど、にぎやかな渋谷の街。その中を、エスニックファッションに身を包んだ私が歩いています。
約束の時間は13時。歩く速度がふだんよりずっと、遅いので、少し早めに行動を起こします。
13時少し前に、約束していた某ファストフードショップへ。このお店は駅から少し離れていて、店内も広く、静かなので……私のお気に入りでもあります。お店の前に行くと、なんとTさん、いらっしゃる!
「わー、Tさん!」
「あ、カナデさん!よかったー!お久しぶりです!」
実に、およそ8か月振りの再会です。前の年の11月アタマにお会いして以来ですから。
お店に入ると、Tさんが、
「今日は私がごちそうしますよ!」
「え?!いいんですか?」
「もちろん。何がいいですか?遠慮なく言ってください」
という言葉に、あまえさせていただいて、アイスカフェオレをお願いしました。Tさんはアイスコーヒーです。
一番奥の、ふたりがけの席に座って、改めてごあいさつ。
まずは、私がお詫びとお礼を言うと、Tさんは、
「いえいえ。そこは大丈夫です。カナデさんのお気遣い、いつも本当にすごいなって思います。ご自分のことを優先してください」
と、コロコロと笑うTさん。ああ、久しぶりだなぁ、この笑顔。
私の体型を見て、
「ああ、やっぱり随分、痩せましたね。あの時の身体と全然違いますねぇ」
と、Tさん。
「まぁ、痩せたというよりは、元に戻ったというほうが正しいのかもしれませんけれどね(笑)あの時の体型が異常だったんですよ」
「あー」
それから、主治医のA先生からの話しで、仕事復帰まではまだ時間がかかること、現在の体調などを話した後、Tさんからは、派遣元の意見と、勤務先のNさん、Aさんからの伝言と業務連絡を受け取りました。
契約続行。
仕事に復帰するまでの猶予を、もう少しいただけること。
焦らずに、自分の体調を最優先にしてほしいこと。
復帰しても、すぐにフルタイムに戻すことは難しいだろうから、時短勤務から始めましょうということ。
「ホントにいいんですか…?」
「ええ。それだけの病気だっていうことですよ。クライアントさん(勤務先)が、病気やケガなどのアクシデントや休養などに理解のある会社、部署だというのは、私も存じ上げていましたが、今回の件で、本当にそれを実感しています」
Tさんが言いました。
私、あまりの「恵まれ度」に、涙が出てきた……派遣社員なんて、都合よく切られるものだろうとずっと思っていたことです。それが、派遣ですから。ですが、今回の圧倒的な対応に、驚いたと同時に嬉しくなってしまったのです。
「病気を理由に契約解除というのは、基本的にはしてはならないことなんですよ。これが、例えばカナデさんが「やっぱり辞めます」と申し出た場合、話は別なのですけれど、仕事が欲しいと言う人に対し、それを強制的に解除するというのは、できないと…最初の時も、Nさんが言ってくださったこと覚えていらっしゃいますか?」
「はい、もちろんです」
「そこですよ」
ああ、そうだった。あの時も、Nさんが言ってくださった。
心配性の私は、何度も何度も、そこを繰り返してしまったことも。
「だから、安心してお休みしてくださいって。私も、それを心から思っています。Aさんが、カナデさんは即戦力だから、戻ってくるのを待ってますよって言ってくださいました」
なんて会社だ、なんて勤務先だ。
そして、なんという担当さんなんだろう。
それまで、長く派遣社員をしていたけれど、パワハラもあったし、モラハラもありました。本当にココロが壊れてしまって、どうしようもなくなってしまったこともありました。
それらが、自分のせいだ、自分がいけないんだと思って、我慢してきていた……そのことを思い出して、私は身体が震えてきました。
「カナデさん、すごく優しいんですよ、本当は。自分の弱さを隠そうとしているのは、生意気ですけれど…私が見ていてもわかるんです。いいんですよ、今回はもう、甘えてしまっていいんです。だから、安心して欲しいんです」
「……ありがとう、ございます」
本当に嬉しかった。涙が出てきて、溢れてきて仕方なくて。
「Tさん、本当にありがとうございます」
Tさんも、ご尽力してくださっての、今の私の立場です。
派遣の営業さんって、本当に強いなと、この時に思いました。
それから、少し雑談。Tさんも、私の病気のことに興味があったようで、色々と話しを聞いてきてくれたり……久しぶりに、都内で、だれかと話しをしているという実感がありました。
嬉しかったです。
仕事に復帰する時のお話しは、また次回以降。
2021年2月現在、情勢的には、なかなか難しい時代。
まだ、先行きが見通せず、見通しせたとしても、流れはどう変わっていくか、まったく予測できない状況でもあります。
今も、私は同じ勤務先、同じ派遣元で仕事をさせてもらっています。
人が休んでいる時には休めない、インフラ系に絡んだ仕事です。全国に展開をしており、受電件数も1日数千件という仕事。詳細はお話しできませんが……忙しくなる時はもんのすごい忙しくなります。黙っている暇がないくらいになります。
今でも、体調を崩しやすく、抗がん剤治療の後遺症を抱えている私ですが、理解をしてくださっていることにより、私も安心してお仕事させてもらっています。
もちろん、あまえているだけではありません。お仕事をいただいている分は、しっかり、仕事をこなしているつもりです。
贅沢さえ言わなければ、仕事ができる。
自分が長く、派遣社員をしている中で思ったことです。
派遣社員はメリットも、デメリットもあります。
私は「運が良かった」のでしょう。
だけど、そうなるためには、自分自身のことを理解していないとならないとも思います。また、私は、正社員になりたくてもなれなかった者のひとりです。今の世の中、そういった人はたくさんいます。
今の職種は、自分の「強み」「特技」を活かせる仕事でもあると思いますし、だからこそ、長く続けたいとも願っています。
テレオペって簡単でしょ?って言われるのが、とっても嫌な私。
ひとくちに「テレオペ」といっても、様々な職種があります。
でも、少なくとも、私の就いている仕事は、マニュアルはあっても、絶対にマニュアル通りにはいかないんです。相手はニンゲンですから、マニュアル通りには絶対にいかない。そして、瞬時の判断力やちょっとした専門知識も必要なものでもあります。
先々週、新人さんの愚痴を思わず聞いてしまったのですが……その人にははっきりとは言いませんでしたが、あまりにも舐めていると思ってしまったのも事実なのです。
結局、その人は辞めていきましたけれど、あの考え方じゃ、どこへ行っても通用しないんじゃないかな~などと、生意気にも思っています。うちの仕事は、いっちょ前にひとりで受電するには、研修に2か月かかりますし、OJTを経てからも、少なくとも数ヶ月、かかると思っています。私もそうやってきたひとりです(泣きながらくらいついていました、はい……)。
何事も、経験が必要。ちょちょいとやってできるような仕事は、ない……とも思っています(このあたりの考え方は、たぶん、左官職人だった父からの影響があるんだろうなぁ)。
テレオペ、なめんなよ。
今回は、ちょっとした、テレオペの裏側、みたいなお話しになってしまいました。
(続きまーす)
最初のコメントを投稿しよう!