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手術当日と衝撃の事実。
12月22日、7:00AM。
「ん~……」
あまり眠れないまま、ベッドの上で唸っている私。
耳を澄ませると、廊下は少し賑やか。この時間帯になると、朝食やら朝の検診やらで、病棟内は動き出している。
でも、私は食べることができず、さらに水を飲むことも出来ない。OS-1は、昨夜のうちにかろうじて1本、なんとか飲んだ。経口補水液って、基本的には体調が悪くない時は、単なる重いスポーツドリンクみたいな感じ。でも、今回は体調が悪くないわけじゃないのに、1本、飲むのも大変だったよ。
「おはようございまーす」
カーテンの向こうから、看護師のIさんが顔を出してくれた。
Iさんも、Yさんと同じく、私を担当してくれるおひとり。
「今日はYがお休みだから、私が担当させていただきますね」
「おはようございます。よろしくお願いします」
体温測定、血圧、聴診……血圧、あ、昨日よりずっとマシ。というか、ほぼ、戻っている。でも、カラダ中の痛みと、しゃべるときの咳き込みが、まったく治まらない状態。これが、8月末からずっと、続いている。この「咳き込み」が起きているのは、カゼではないというのは、すでにA先生はわかっていたはずだ。でも、私には理解できていなかった。
しゃべる仕事でもある私、よくこの状態で仕事していたよなぁ。
「体温……37℃かぁ」
PCにデータを打ち込みながら、Iさんが言った。やっぱり、下がっていないんだよね。
「これくらいだったら、なんとかなるとは思うのだけれど……」
「…そう、ですか…」
ぜーはー、こふこふ、咳き込みながらの会話。
その後、左手に手術用のドレーンをとりつけたり、なんだり…弾性ストッキングを履くのもひと苦労。
身体が痛い、思うように動かない。苦しい。痛い、痛い、苦しい、痛い……しんどい、つらい……
左手に取り付けられたドレーンと点滴が繋がり、生食水を体内へ入れる。
この作品のタイトル画像、左手の甲に取り付けられたモノ……これが、手術前のワンシーンなのです。がっちり、取り付けられました。
ふと、TwitterのDMが来ているよーと、スマホが知らせてくれる。
「え?」
それは、とある人からのメッセージ。まさか、本当にちゃんと、覚えていてくれているなんて思わなかった。
今回の手術の件、ほとんどの人には話しをしていない。その中でも、ほんのわずかの人には、メールやSNSなどでお知らせしておいた。
そのうちの、ひとりからのメッセージだったのだ。
「……ありがとうございます」
スマホを額にあてて、小さく呟いた。一瞬だけど、痛みが治まった気がする。
ああ、気のせいじゃないな、この時はきっと……痛みが治まったんだ。
お昼過ぎに、母と叔父夫婦が来た。
しばらく話をしていると、A先生ともうひとり、スクラブ(※最近の病院ではごく自然に見るようになった医療用ユニフォーム。カラーやデザインも豊富で、動きやすくて周囲に引っかかることもなく、院内PHSや聴診器など必要最低限の用具を入れるのにもラクだといいます)を着た女性がひょこっと……顔を出してくれる。
「カナデさん、気分はどうですか?」
「あ、はい!」
手術前に様子を見にきてくれたのだろう。この時、母はA先生と初めて対面したことになる。
私が、母を紹介すると、母はしっかり、A先生の顔を見てから頭を下げて、
「カナデの母です。よろしくお願いします」
と言ってくれて、そのあとに叔父夫婦も紹介し、あいさつ。
「昨日、お会いできればよかったのですが、僕もバタバタしてしまって、お会いできなくてすみませんでした。改めまして、Aと言います。今日の手術と、カナデさんの担当医をさせていただきます」
穏やかに、丁寧にごあいさつをしてくれる……もう、これだけで、私はA先生にお願いしてよかったと、本当に心の底から思った。
これは、母も同じことを思ったことらしい。手術後、母が言っていたのだが、それはもう少し先に書くことにする。
一緒にいた女性は、麻酔科のN先生。今回の手術は全身麻酔だ。N先生は昨日も来てくれて、その時に事前に手渡されていた用紙はあったのだが、その説明を改めてしてくれた。
手術開始時間が、予定より少し遅れて、14時30分からということになった。
14時ちょっと過ぎに、Iさんが迎えに来てくれる。
「行きますよー」
「はい」
立ち上がり、点滴のポールを引きずって、よたよたと歩き出す。
手術室は、同じ階、エレベーターホール向かいの奥にある扉の、さらに奥。
扉の前で立ち止まる。
「ご家族の方はここまでで…面会室でお待ちください」
と、来ていたクンフー着をとると、母がそれを持ってくれた。
Iさんも、ここまで。手術室ドアの向こうでは専任の看護師さんが待っていてくれた。お願いしますとひとこと、添えてから振り返る。
「行ってくるね」
と、私が言うと、
「はいよ。行ってらっしゃい」
「がんばってこいよー」
「待ってるからね」
扉の中に入る、振り返る……ドアがスライドして、ぱたんと閉じられた。
「……」
その場に立ち尽くして……私は、ボロボロに泣きだした。それまで、泣くのを我慢していたのだけれど、さすがに怖くなってしまった。
「行きましょう」
そっと、背中を押してくれた看護師さんの言葉に頷いて、さらに奥へ。一番にある手術室のドアをくぐると、物々しい医療機器がたくさん、並べられてたのを覚えている。
術衣に着替えたA先生がいた。
「そんなに怖がらなくてもいいですよ。大丈夫。ここからだからね」
目が真っ赤になっていたから、泣いていたのがわかったんだろうなぁ。
とにかく、私、怖がりだから。
よたよた……看護師さんたちの手を借りて、足踏み台を利用して、手術台の上に上がる。なんとか手術台に上がる。
「寝ている間に終わるわよ」
と、一番そばにいてくれた看護師さんが、少しおどけるように笑って言ってくれた。言われてみれば、その通りだ。これで、少し気持ちが楽になった。
N先生が来てくれた。硬膜外麻酔という方法で全身麻酔をかける。これがまた、大変なことでして……おなかが膨れすぎているため、背中を丸めることが出来ず、かなり手こずらせてしまった。ああ、申し訳ない(涙)
「よし、入った!」
身体を仰向けにすると、手術用の大きなライトが目に入る。思わず左眼だけを閉じた。
若いころに、事故で左眼を潰して以来、どうしても光に弱くてね。
「さて、カナデさん、始めるね。終わったらラクになるよ~。今までの痛みも、本当にラクになるからね。じゃ、麻酔、いれるよ」
「はい。お願いします」
A先生の合図で、N先生が頷いて……その瞬間、壁にあった時計が目に入った。
14時30分くらいをさしている……
と……不意に目の前が暗くなった……
次に気づいた時、誰かに呼ばれているなー……と、思った。
「おーい、カナデさーん。聞こえるー?」
とろとろと……目を開ける。手術用のライトが一瞬、目に入ったが、それを消してくれたみたいで……
「あ、起きた」
看護師さんが私の顔を覗き込みながら、話しかけてくれる。口の中にも色々と機械が入っていたみたいで、それらを取り除いてくれながら……
「……終わった…?」
最初に発した言葉が、これだった。
「うん。無事に終わったよ」
と、A先生がそばに来てくれて、何かを片付けながら話しを続けてくれる。
「あのね、やっぱり、がんだった」
「そう……でしたか…」
「うん。でもね、悪いところは全部、取り除いたよ。ぜーんぶ取ったからね。転移しているかどうか、ステージとかは、ちょっと時間がかかるけれど、これから病理検査にかけるからね」
「は、い……」
「今まで、よく頑張ったね。痛いのを我慢していたね。よく頑張りました。まずは大丈夫、ラクになるよ」
A先生は、ここで初めて「頑張ったね」という言葉を言ってくださった。
「はい……ありがとうございます」
ボロボロと涙がこぼれて、声も震えてしまった。
と、ここで初めて気づいた。
話すときにずっと、咳き込んでいたのだが、まったくそれがない。
しゃべるのがラク。
そして……おなかの張りが……感じられない(まだ麻酔が効いている状態なんだが)。
そして、一番の驚きがコレだった。
「体重、どれくらい減ったと思う?」
「え?」
体重……?
次の瞬間、A先生が言ったのは……
「15キロ!一気に15キロ!。ほとんど腹水だったけれど」
え、え……えええええええええええええええええええええっ?!
実際には声には出せなかったけれど、これには驚愕というか、驚いてしまった。叫びたいくらいに…というか、実際は掠れた声で、目を見開いていた。
看護師さんたちが笑う。
「おなか、さわってみる?」
と、私の手をとって、おなかのあたりに手を置いてくれた。
「あ……ホントだ…」
あれだけ苦しかったおなかの張りが一切、ない。というか、むしろくぼみができてる!子宮と卵巣を全摘出したこと(あと、もう一か所も切除した)も大きいんだろうけれど、それにしても、本当にびっくりするくらいにおなかが凹んでいるのだ。
「あ……」
すうううっと深呼吸できることにも気づいた。呼吸が苦しくない。おなかの張りがない、痛くない。
ボロボロと涙がこぼれてきた。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
すると、A先生は、
「うん。だけど、これからが大変なんだからね。一緒に、治療、続けていきましょう」
「はい……!ありがとうございました」
「よく頑張りました。今日は、このままICUに入ってもらうからね」
手術室を出て、そのままICUへ移動。一番奥のスペースにベッドを固定してもらった。
ちらっと、時計が見えたので、何時だろうと思ってみたら、19時30分くらいをさしているのがわかった。5時間ちょい…そんなに長い間、あの手術室にいたのか。
術着から前開きの服に着替えさせてもらって、すぱーっと切ったおなかからはドレーンが数本。で、そこを腹帯で保護。口元には酸素マスク。
喉が渇いたけれど、まだ何も口にできない。水も飲めない。
心電図と酸素を計測するための機器と、背中には麻酔と、ベッド横には医療用麻薬の入ったボトルとか……色々。
ようやく、おちついたところに、まず、母がひょこっと顔を出した。
「おつかれさん」
と、母。良く見れば、母の目も赤くなってる。
「あらー、見事におなか、へっこんだわね~」
ベッドサイドまで来てくれて、私の顔を見て、それからおなかをみて笑ってくれた。でも、私は泣きながら、母に言った。
とにかく、謝りたかった。
「ごめんね……やっぱり、がんだった……って」
すると、母は、
「謝ることじゃないわよ。謝らなくていいの。それよりも、無事に手術終わったんだから、それを喜びなさい。お母さんは、それがうれしいよ。おつかれさん。これで痛いのから解放されるね、よかったねぇ」
そっと、髪を撫でてくれる母の手が、とても優しかった。何年ぶりだろう、こんなこと。ボロボロ、涙がこぼれる。
「先生からお話し聞いたよ。A先生、あの人はいいお医者さんだ。きちんと、わかりやすくお話ししてくれたよ。いい先生だよ。あんた、いい病院、いい先生に会ったねぇ」
これには、ちょっと驚いた。
よほど、母はA先生のことを気に入ってくれたのだろう。この後、顔を出してくれた叔父夫婦も、まったく同じことを言っていた。いつも辛口の叔父も、A先生のことを絶賛していたのだ。
「いい表情(かお)をしてるな、あの先生は」
と。叔父も過去に色々……かなりハードなことがあったので……あと、仕事柄もあって、とても厳しい目を持っている人でもあるので……その叔父も、絶賛していたのが、驚きだった。
ああ、自分のカンはあながち、外れていなかったんだ。
最初の、S先生のところへ行ったことも幸いだった。
そして、S先生が紹介してくれたことでA先生のところへ来ることが出来たこと……自分には、とてもいいことだったんだ。
泣きながら母と話しをして、このあと、母が言った言葉に私、絶句することになる。
「ちゃんと、聞いたよ。あんなにおなかの中に水が入っていて……しんどかっただろうに……あと、あんた、卵巣が破れていたって気づいてたの?」
……はい?!
(続きます)
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