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ステージ判明とライブ出演と「抗がん剤治療」。
さて、退院してから初めての再診の日。
ゆっくりゆっくり、自宅から最寄駅まで歩く。いつもの倍以上、時間をかけて歩く。
最寄駅からはバスで10分くらいで、いつもの病院へ到着。住宅街を抜けて行くと、いきなり現れる…のだが、バスに乗るのがひと苦労。よれよれと歩き、病院行きのバスに乗って……バスに揺られるのがちょっと辛い。でも、この時は余裕がなかったので、とりあえずはバスで移動した。
診察カード、初めて使う。正面入口の少し左側に受付の機械があって、カードを入れると自分が再診を受ける診療科目と時間、予約状況、今日の予定がプリントアウトされる。
「婦人科外来…」
よれよれ……痛いよー、寒いよー、冷えるよー……
中待合室のクラークさんに声をかけてから、しばらく待つ。予約をしていても混みあっているのは、総合病院ならでは。しばらく壁にかけられたテレビを観ているが、面白くはない(そもそも、民放は特定の番組を除いて、ほとんど観ないのよ)。
ようやく名前を呼ばれて、診察室へ。
「こんにちわ……」
A先生の姿を見て、ホッとした私。
「こんにちわ。あ、顔色、随分といいですね」
「はい、おかげさまで、先月の痛みとかが信じられないくらいに、気分がラクです。本当に」
「うんうん、いいことですよ」
ニコニコ、笑顔のA先生。ホント、この笑顔、救われるなぁ。
が、この時点で、まだ病理検査の詳細は出ていない。とりあえずは、傷口を診てもらい、年末年始の体調などを話す。A先生は電子カルテにそれらを打ち込んでくれて、痛み止めなどの処方薬の残りなども確認。
今後の治療のことなどを話している時、先生から病名とステージをはっきり、教えていただいた。
卵巣悪性腫瘍(卵巣がん/粘液性腺がん)、ステージⅡ-a。
ああ、そうか…ステージⅡだったのか。
「今後のことを考えると、きちんと抗がん剤治療をしたほうがいいと思うんですよね」
「はい。私もそれは考えています」
「うん。そう言ってもらえると、僕も話しがしやすい」
どういう治療をしていくのかは、来週の再診で話してもらえることになった。
少し間が開いた。私が恐る恐る、先生に、
「あのー…先生、私、本当に大丈夫なんですよね?」
と聞くと、
「ええ。マジメ~に治療をしていけば大丈夫ですよ。そのために、全摘手術、したんですからね」
と、ニコッと笑って返事をしてくれた。
臓器を摘出したのは、転移を防ぐためでもある。それを根本的な部分から、やっつけるため(再発防止)の治療、それが「化学療法」。私の場合は抗がん剤治療ということになる。
抗がん剤…かぁ。自分でも覚悟はしていたけれど、実際に先生の話しを聞いて、ちょっとだけ怖い気持ちが出てきた。
「ああ、カナデさん、傷口も落ち着いているから、今日からお風呂、入っても大丈夫ですよ」
「え、ホントですか?やったー!」
思わず本音が出てしまった(笑)私に、
「ゆっくりゆっくり、だからね。疲れたら休む、重いものを持たない。これ、鉄則だからね」
「はい」
「あと、仕事再開は、僕がいいというまでダメです」
「え~?」
「え~?じゃないですよ(苦笑)」
「ええ、わかっているんですけれど……なんか…」
私が言葉に窮していると、A先生はきっぱり、言った。
「まずはご自分の体調がどれだけのものか、そして、どれだけの大病をしているのか…それを知ることが大事なんです」
「……はい」
先生のおっしゃる通りだ。私はどうしても、勤務先や派遣元に遠慮があって、迷いもあったのだが…こればかりはどうしようもないこと。仕事再開に関しては、また派遣元の担当に話しをさせてもらおう……
その後、来週の再診の予約をとって、お礼を言って、総合受付で会計を済ませて最寄り駅まで戻ると、そのままスーパーへ。少し買い物しないと、冷蔵庫の中がさみしい。でも、この先は無理が出来ないというのもなんとなく、わかっていたので(本当にわかるのは、1回目の抗がん剤治療の直後である)、レトルト食品やチルド食品なども数種類、購入。
それから、ドラッグストアで処方箋を出して、その間に、足りなくなっていたお風呂用洗剤や洗濯洗剤も買った。
帰宅して、すぐにお風呂掃除。チカラが入らないから、これも時間がかかる。ワンルームマンションだから、それほど大きなお風呂じゃないけれど、でも、お風呂に入れるってのは、マジで嬉しい。
感染症予防も兼ねて、お掃除を済ませてからお湯をためる。
「あ、これ、使おう」
LUSHで購入したバスボムをひとつ、お湯に放り込む。いい香りが広がって、お湯の色が薄いブルーになっていく。で、浴槽に身体を沈めて、ふか~いため息。ああ、あったか~い……ホントにあったかい……(涙)それに、ため息がつける、深呼吸ができる、呼吸が苦しくないというのは本当に嬉しかった。
これ、わかってもらえるかなぁ?
日本人でよかったって思える瞬間だよ。あったかいお湯に身体を沈めて、深いため息……本当に、しみじみ、しちゃったんだよ。3週間のシャワー生活は正直、辛かった。
ゆっくり、お湯に浸かり、しっかり、身体と髪を洗って湯冷めしないようにして、おふとんに戻る。
その日は、ゆっくり、眠ることが出来た。
先生からの話しを聞いて、安心したというのも大きいんだろうなぁ。
数日後、必要なものがあるということと、気分転換も兼ねて、しっかりあったかくして出かけることにした。
平日の都内は、それほど人もおらず、歩きやすい。1か月前には、ひーこら言いながら歩いていたのにね。身体の痛みはあるけれど、でも、すっごいラク。とあるお店。私が懇意にしている衣料品店なんだけれど、顔見知りのスタッフさんふたりが私を見て、ものすごい顔になった。まぁ、そうなるだろうなぁとは思っていたけれど、ふたりとも声を揃えて、
「ど、どうしたんですか?痩せてない?」
と。
前の章でも書いたけれど、それだけ、ビフォーアフターが凄まじいということになるし、隠せないということでもある。少しだけ、今の状況を話して、しばらくは療養だというと、励ましのお言葉をいただいた。ありがたい、ホント。
そのお店で必要なものを購入し、お礼を言って、再び歩き出すが、やっぱりしんどくなってきた。休憩を兼ねて、コーヒーショップへ入り、少し休む。痛み止めなどの処方薬はきちんと持ち歩いている。
その後、家電量販店に立ち寄った。今まで持っていなかったのが不思議なくらいのものが欲しかったから。ひとつは持って帰れる程度の重さだが、あとは配送してもらったほうがよさそうだ。購入と配送の手続きを済ませ、帰宅ラッシュになる前に、座席予約制の特急に乗った。
快速急行や急行にはまだ怖くて乗れない。あまり長時間の乗車は避けたかったし、座れないというのも避けたかったからね。感染症予防ということもある(マスク大嫌いの私が、ちゃんとマスクをつけていたくらいだ)。
で。
病気が判明する前から、どうしても顔を出さないといけないイベントがあった。それが、とあるライブハウスでのライブ出演だった。
これについては、A先生には許可をいただいていたのだが、約束があって、出番はトップバッターにしてもらうこと、制限時間は20分まで。うたい終わったら、早めに帰宅すること…が条件だった。
うたうための筋力はほとんど、なくなっているし、練習も1か月、していなかったけれど、このライブについては、どうしてもキャンセルするのが忍びなくて、当日、少し早めにライブハウスへ顔を出した。
店長を始めとするスタッフさんと主宰さんが、やはりびっくりしていたんだけれど、理由を話すと、快くお返事をいただいて、出演順などを変えてもらった。
ゲネプロの時から、ずっと座ったままで、本番でうたう時も座っていた私に、周囲は不思議がっていた。その中でもちょっと……口の悪い女の子がいるのだが、私の様子を見て、
「デブが無理なダイエットをするからでしょ」
と言い放ったのを、店長さんが慌てて止めようとしたけれど、私はそれをやんわりと視線で制して、その子には、
「本番で理由を話すから黙って見ていなさい」
と、きっちり、言い渡した。
うたい手としては、彼女は先輩だが、年齢的には私のほうがずっと上ということもあり、彼女はフンと鼻を鳴らしただけで、その時は何も言わなかった。
本番、トップバッターで1曲だけ、うたわせていただいて、フリートークの部分で話しを切り出す。
「実は、12月中旬に、カラダの一部を全摘手術しました。今回の出演は、主治医から許可をいただいております。ライブハウスのみなさん、主宰さんにはご迷惑をおかけしましたが…どうしてもうたいたくて、今、ここにいます。正直に申し上げますが、卵巣がんです。これから抗がん剤の治療に入りますので、この先、いつ、うたえるようになるかはわかりませんし、復帰もわからない。だから、どうしても今回、うたいたかったんです」
これで、息を呑む声があちこちから聞こえてきた。ステージ上からも、それらは良く見えるし、聞こえるんだよね。
例の女の子は、ぽかんと口を開けているのが見えた。ま、そうなるだろうね。
そのステージ上で、私は健康の大切さや健康診断のことなど、ちょっとだけ小うるさいことをお話しさせてもらった。
出演が終わり、ステージを降りる時、主宰さんがそっとそばに来てくれて、ステージを降りるために手を貸してくれた。主宰さん、目が潤んでる。
「ありがとうございます」
と、私が笑顔で言うと、主宰さんは、首を横に振って言った。
「こちらこそ。無理しないでね。また会おうね。絶対だよ」
と、言ってくれたのが嬉しかった。
「手術後とは思えなかったよ。ちゃんと、声にもハリがあるし、発声もしっかりしてるから…びっくりした」
と、店長さん。いやいや、それは買いかぶり過ぎでしょう(^_^;)だけど、うたえたことは、ホントに嬉しかったんだよね。
荷物をまとめ、楽屋から出ようとしたとき、ちらっと見ると、楽屋の入口で例の子が、私を睨みつけている。
「なにか文句ある?」
と、私が言った直後、彼女が言い放ったのは、これ。
「がんになったのは、自分自身のせいでしょ。それを堂々と話すなんてのは信じられないわ、バカじゃないの。病気のことを話して同情してほしいみたいな考えがミエミエで、気持ち悪い」
もともと、この子は、自分が気に入らない相手に対して攻撃的なことは知っていたのだが、ここまでアホだとは思わなかった。
その場にいた店長さんと主宰さんと出演者のひとりが、彼女を止めようと、再び慌てているのだが、私はニッと笑った。
「誰が病気になりたくてなるもんか。あんたには、永遠にわからんでしょうね。なりたくてなった病気ではない。本気で死ぬくらいの病気になったことがないなら、ガタガタ抜かすな。それから、自分が今、私に言った言葉、よく覚えておきなさいよ……」
彼女に対しては「怒る」ということは今までしなかった私。
でも、さすがにこの時は、アタマの中で何かがキレた。声を低くして、相手を睨みつけたその時の私の表情に、彼女は一瞬、怯んだような顔になったのを覚えている。
その後、彼女とは2度ほど、同じ場所で遭遇するのだが、反省している様子はまったく見られない。まぁ、自分が一番正しい、正義だと思っているんだからなぁ。あの子の性格は死ぬまで治らんだろう。
うたうことは、私にとっては、大事なこと。
うたえるだけでも嬉しかった。
店長さんと主宰さん、そしてほかの出演者の方に感謝して、帰宅した。
「あなたは、あなた自身のためにうたうんだよ。行ってらっしゃい、ちゃんと、見ていてあげるから」
少し前にいただいた、とある方からの励ましの言葉。今も、この言葉は「御守り」「励ましの呪文」だ。
ライブ出演から数日後、ふたたびA先生のところへ。
そこで、ようやく、病理診断の詳細と今後の治療方針、スケジュールを相談、確認。
私が行う治療は「TC療法」。カルボプラチン+パクリタキセルという抗がん剤を使う。6クール(6回)の治療が必要で、最初は2泊3日の入院が必要とのこと。アレルギー反応や副作用が出るのか?という経過観察と、がん治療専門の看護師さん、薬剤師さんからの説明が入るからだ。
最初の抗がん剤投与で大丈夫と許可が出た場合は、「通い」でも大丈夫なんだとか。通い…?
「今は、外来治療センターっていうところで、日帰りで抗がん剤投与が出来るんですよ」
「そうなんですか?」
ただ、私の場合は、1回の抗がん剤投与に時間がかかるとか。
これらに関しては、後日、最初の入院時に詳細がわかることになる。
んで、再び入院手続きを取るために、婦人科外来から入院案内センターへ直行し、説明を受けて、必要書類を受け取り、総合受付でその日のお会計を済ませ、受け取った書類に書いてある必要なものをチェックしながら帰宅した。
1月下旬、いよいよ化学療法=抗がん剤投与がスタートする。
でも、それは、
「治療という名の地獄」
の始まり……でもあったのです。
(続きます)
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