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――あけてみようか。
誘惑に近い思いがじわじわと胸の底からわきあがってくるのだが、いやいや、それは今の自分にとって、あまりいい選択ではないと思い直し、輪郭のぼやけた期待じみたものを払いのけるかのようにかぶりを振る。
ヤツのことだ。もうあんな出来事は冗談だったぐらいにしか思っていないかもしれないのだ。どうせまた、おもしろそうなイタズラでも思い浮かんで、試してみたくなったのだろう。特に意味もなく私がその実験台に選ばれた。ただそれだけのことかもしれないのだ。
いずれにしても、受験に関係のないプラトニックな出来事を想起させるようなモノに振りまわされるのは避けなければならない。そうである以上、この箱をあけるという行為は、趣味と同じく、受験が終わるまで封印しておくのが賢明だ。合格に向けての精神力と勉強時間を阻害する要素は一切排除する。それが浪人生としてのあるべき姿なのだ!
私は散々迷いながらも、最終的には自分にそう言い聞かせ、箱をあけることはやめにした。
「合格したらあけてやんよ!」
いかにも北井が言いそうな口調で小さく呟きながら時計に目を向けると、もうすぐ正午になろうという時間だった。そろそろ勉強を始めなければと思い、クローゼットの中にあるプラスチック製の衣装ケースのうえに箱を置いて、バタンと扉を閉めた。
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