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 デートの日に限って鼻の頭にくっきりでっぱる白ニキビ。きれいに消せますようにと願いをこめ、針を突き立てたときのあの感触。ピンと張った膜を破るあの快感。  硬いゴムの表面にほんの浅く刃がもぐっただけで、思いのほか新鮮なにおいが鼻をくすぐり、私の古い記憶もくすぐった。  輪ゴムをガムのように噛んだ幼い私。くちゃくちゃくちゃくちゃ。味もなにもないゴムを、よだれまみれにして奥歯ですり潰そうとする。お小遣いをもらっているのに、お金を使うことに罪の意識を感じ、ガムの代わりに輪ゴムを噛む。ナイスな節約。いいセンスしてる。  物心ついたときから、お金には敏感だった。輪ゴムをガムの代用にするほかにも、勢いよく振ったペットボトルの水を炭酸だと信じて飲んだ。梅干しの種は永久になくならない理想的なあめ玉だ。口の中で溶けたチョコを、いつまでも飲みこまずに舌の上に置いていると、いつまでもあまい。なんとほほ笑ましい思い出か。うふ。頬がゆるむ。  さあ、道草もここまでだ。集中してやり遂げよう。未来に向かって進むのよ。就職もしたことだし。お金をふところに入れこむチャンスにあふれた職場だし。だから今、ここでうずくまっているのだし。  少しずつ少しずつ、刃をすべらせる。焦ってはいけない。とがった切っ先で、みっちりと詰まったゴムをひっかき続けた。  私が細工したことは、誰にも勘付かれてはならない。ばれてしまえば、私は獄につながれる。  犯罪は割に合わない。やめたほうがいい。でもばれなければ、それは事故。単なる不幸な出来事。どこにでもある日常の悲劇。  ついさっき背筋が凍ったところなのに、こめかみに汗がにじむ。わきからしずくが転げ落ちるたびに顔をしかめる。  目の前からはゴムのにおい。隣からはゴミのにおい。まじりあった異臭は、バカ黒ジャージの放った腐臭に似ていた。蒸れた空気が絶妙のスパイスになり吐き気までする。新人研修以来じゃないかな、ここまで不愉快な気分になるのは。  待て。過去なんて振り返ってる場合じゃない。余計なことは考えず、早く終わらせるんだ。  汗水たらして手を動かし、ようやく納得のいく仕込みができた。後は朗報を待つだけだ。  さあ、ここで気を抜くんじゃないよ。立ち去るまでが仕事だからね。ついつい締まりが消えそうになる体へ鞭を入れるも、一段落ついたことで頭の栓はゆるみ、鼻への刺激が三か月前の記憶をほじくり出していた。
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