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1 わたしたちのあいだ
急に手をとられたから、恥ずかしさと心臓がはやるタイミングがずれたみたいだった。
高校に入学して一ヶ月。
それは校庭でクラスの集合写真を撮る最中に起きた。
わたしはクラスになじめなかった。だいたい予想どおり。女子は早々に仲良しグループを作って、集合写真の列は、新しい友達同士でならんでいる。背が低い私は最前列。ぽつりと真ん中にいるしかなかった。写真屋さんがレンズ越しに何か言ってる。みんながレンズの方を向くように、声を張ってる。女子たちは高い声で笑いながら、どこからともなく手を取り合って万歳のポーズをはじめた。となりの女の子が、わたしの右手をつかむ気配はない。
なじめない。はやく撮影、終わってほしい。うつむきかけた時。わたしの左手が勢いよくさらわれた。
セーラー服が上がって腰が見えちゃうんじゃないかって、恥ずかしさとおどろきが同時にくる。
わたしはとなりを見上げた。
アオくん……!
どうして!?
やだ、心臓、どきどきしてる!
わたしの手をつかんでいるのは、阿尾悠生。
わたしはにぎられた手をほどこうと、必死に手をおろそうとした。びくりともしなかった。男の子の力の強さに、どきりとした。
手が大きい。それに、熱い。
アオくんは、真っすぐカメラの方を向いたまま、わたしをみない。わたしの手をにぎって高らかにふり上げたままでいる。見上げて気づいたのは、男子の列も万歳ポーズを作ってたこと。
アオくんの横顔を何度か見上げては、心臓がどくんと鳴りひびくのと、写真屋さんとその周りにいる教師や別クラスのギャラリーに見られている恥ずかしさでいっぱいになる。
レンズなんてみてる余裕ない。
アオくんは手を放してくれない。
それと、わたしを一人にしないでくれた。
にぎられた手が力強い。恥ずかしいのに嫌というわけでもない。そんなふうに勝手に考えて、どきどきしている間に、撮影はおわった。いつ手をはなされたのか、覚えていない。散り散りになっていく人の群れに後れをとって、わたしも校庭をはなれる。
教室に戻れば、授業がはじまる。あの席に座れば、わたしは一人になる。
写真撮影から戻ったばかりの教室はさわがしい。担任の倉野先生がしずかにしろって言っても、初めての高校生活、新しい制服、新しい友達、新しい世界にはしゃいでいる大多数の耳には届かない。
わたしの心臓はまだどきどきしていた。
机の上に置かれたプリント。
部活動の入部届けの提出日、今日までだった。
倉野先生は出席とるぞっていって、教壇に立って名前を読みあげていく。
どうして学校はあいうえお順に並ぶのかな。
「よしはら……芳原凛」
わたしは小さな声で「はい」といって、手をあげた。一番後ろの席から、さわがしい教室のなか先生の耳まで、たぶんわたしの声は届かない。
真ん中あたりの席は、いつだってにぎやかだ。前後左右、ほどよい距離に話す相手にかこまれて、めぐまれている気がする。一番前の席だって、一番うしろに比べたら、人の目につくから、存在を覚えやすい。
どうしてわたしの名字は「よ」から始まるんだろう。無意味なことを考える。小学、中学、高校になっても私はほとんど一番うしろだ。人に声をかけるのは緊張する。人より何かをはじめるのに時間がかかる。何をするにも遅くて、みんなより出遅れる。
わたしは高校生になっても、変わらない。そうかんたんに、変われないことを知ってる。教室の右はしの一番うしろの席から、みんなの背中をみつめている。
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