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恭弥にしてみれば、宣戦布告のつもりだった。
晴人が動揺すればいいと思って口にしたのだが、「ふうん」と、晴人はやけにあっさり頷いてみせた。
「でも、僕の詠子への愛は、誰にも負けないけどね」
開き直ったように、晴人は告げる。恭弥は片眉をつり上げた。つい最近、恭弥も詠子を好きだと自覚した手前、驚きは大きかった。そっと、詠子を見やる。いつもの晴人の軽口だと思っているのか、詠子は特に反応を見せない。それどころか、無表情になって溜息をつく。
「あのね晴人、そんなことばっかり言ってると、ほんとに彼女出来ないよ? そう言って私を虫よけに使うのやめてよね」
「僕は本気だよ」
また性懲りも無く冗談を言っていると、詠子はそう思った。困ったように、晴人を見上げる。
「もう、いい加減にしてよね」
「信じてくれないんだ?」
詠子がうんざりして言うと、何故か晴人は怒ったように目を細めた。口もとの笑みも消えている。
「信じるも何も、そういうフリしてくれって、言ったのは晴人でしょ」
「それはそうだけど」
ほらね、と詠子は勝ち誇った顔で頷く。晴人に背を向け、フェンス越しの遠くの海を眺める。
「どうすれば信じてくれる?」
「え、なに」
晴人の声に、ふりむいて相手を見上げたとき、頬に手が添えられ、あっという間に引き寄せられた。遠くに立つ恭弥の髪が風に揺れ、瞳がこちらを向いたのを最後、視界をひとりの男が独占した。
唇に、広がる温もり。
詠子は驚きを隠せない。あまりに唐突で、頭が追いつかない。
無意識に止めてしまった息が、次第に苦しくなって、恥ずかしさとともに目をつむってしまった。
しかも、ようやく解放されたのが第三者のおかげというのも、詠子にはじゅうぶん泣きたくなる要因だった。
「何してる」
「何って、キス」
無意識のうちに晴人を詠子から引き剥がした恭弥は、不快を孕み、晴人を言及する。
「冗談もほどほどにしろよ」
もちろん、冗談ではないと恭弥は知っていた。詠子が好きだと恭弥に告げたのは晴人本人だ。それでも、冗談なら冗談にしてほしかった。
大事なものを奪われるかもしれないという恐怖が、恭弥の身に食い込む。恐怖は尋ねる。
「恭弥がそれを言うの? 冗談でキスしたって?」
二人の男の視線が鋭さを増すなか、詠子は傍らの男を見上げた。
この男は今、何をした?
なにを言った?
「……しんじられない」
か細くつぶやかれた声。今までの関係が音を立てて崩壊した。
それでも、晴人は、止まらない。
「僕は詠子が好き。冗談なんかじゃない」
深い色の瞳が、真摯に詠子を見つめる。
「本気だよ」
「……嘘でしょう?」
いつもの冗談なんでしょ、と否定を求めた詠子だが、晴人はそれを否定した。
「嘘じゃない。僕は詠子が好き。ずっと、前から」
初めて出会ったときから。
君は恋に臆病なお姫様で、こんな僕に好かれるのは嫌かもしれないけど。
「ごめん」
君を困らせてしまって、ごめん。
「君に、男として見てもらいたかった」
君のことが愛しくて、初めて知った感情はすごく扱いにくくて、冗談にして君に笑いかけることしかできなかった。今日まで、言えなかった言葉。
「晴人……」
今にも泣き出しそうな子供のように、佇む詠子の顔。きっと晴人も同じような顔をしているから、晴人は背を向けた。
男として見てもらえないのは、辛い。だからもう、限界。嘘じゃなくて、ごめん。僕はもう、自分の気持ちに嘘はつけない。
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