星の呼ぶほうへ

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星の呼ぶほうへ

 エヌ氏はがんがんする痛みで目を覚ました。見渡す限りの星空が飛び込んでくる。上下左右の感覚がまるでない。まさか宇宙空間にほうり出されたのではと、体から血の気が引いていく。 「そんなはずはない」  必死の思いで起きあがろうと伸ばした手が、たしかな地面をつかんだのを感じた。安堵が体をめぐる。慎重に体を起こしながら思い出す。宇宙船の航行中に事故に遭い、なんとか近くの星へ不時着したのだ。  まだ体を動かせるところを見ると、どうやら不時着は成功したらしい。様子をうかがうためあたりを見回す。灰色の岩石がむき出しの星だった。生命が存在できるような場所ではない。よくこんなところに着陸して無事だったものだ。  じっとしていてもしかたないので、痛む足をかばいながら歩いていく。すると、同じ宇宙船に乗っていた同僚が倒れているのを見つけた。痛みを我慢してかけ出す。 「おい、大丈夫か。返事をしろ」  同僚のそばへしゃがみ込んで体を揺らす。生きていてほしいの一心だ。そんなエヌ氏の願いが通じたのか、同僚は顔をしかめてかすかなうなり声をあげた。 「なんだ、ここは、どこだ」 「しっかりしろ。目を開け。わたしたちは助かったのだ」 「そうなのか。たしか、なにかに衝突して」  同僚がゆっくりと体に力を入れる。彼もエヌ氏同様、落下の衝撃でダメージを受けているようだ。エヌ氏と同僚はたがいを支えるようにして、未知の星で立ち上がった。 「宇宙船はどこにある。あれがないとこの星から出られないぞ」 「わからない。そう言えば見かけなかった。もしかして落ちたときに壊れてしまったのかもしれない」  荒涼とした大地が地平線まで広がっている。絶望がエヌ氏の心を冷たくなでた。 「そう悪く考えるな。おれたちが遠くまで飛ばされただけかもしれないだろう。元気を出せ」 「ああ、そうだな。探せば見つかるにちがいない」  エヌ氏が声に力をこめた。頭上の星空がまぶしくかがやいている。この星にひとりではないことに大いに感謝した。もし、ひとりきりだったら、孤独につぶされてしまうだろう。 「さて、どこを探そうか」 「見たところ、目印になるようなものはない。わたしたちは水も食糧も持っていない。なるべく迷うことは避けたいな」 「しかし、この星のことはなにも知らないが、どうしようか」  同僚が地平線の向こうを見とおそうと目を凝らす。だが、山の影すら見当たらない。地形の起伏がまったくないのだ。 「これは」 「まいったな」  どちらともなく声をもらす。過酷な現実から目をそらしたくて、エヌ氏は頭上の星空を見上げようとした。 「あの星は――」 「なんだ。知っている星でもあったのか」 「いや、知らない。しかし、なんだろう。なつかしい感じがする」  けっして明るい星ではない。一面の星空のなかでまんなかくらいの明るさだろう。それでもエヌ氏はその小さな白い星から目をはなすことができなかった。 「きみも見えるだろう、あの星が」 「ああ、たしかに。なにか、なにか特別な感じがする。このふしぎな感情はなんだろうか」  同僚もその星を見つけたようだった。数ある星のなか、なぜか吸い寄せられる。エヌ氏はその星に呼ばれているような気がしてならなかった。 「あの星のほうへ行ってみようか」 「それがいいだろう。どうせ、あてはないんだ。もしかしたら幸運をもたらしてくれるかもしれない」  エヌ氏と同僚は、空の星を目印に荒れた地面を歩きはじめた。ふたりはたがいを支えつつ、一歩、また一歩と進んでいく。 「こんな状況で言うのもなんだが、あの星のもとへ行けば助かる気がするよ」 「きみもか。実はわたしも同じように思っていたところだ」 「ふしぎなことがあるものだな」  星がやさしくふたりに呼びかけている。夜空の星を目指してエヌ氏と同僚は何時間も歩きつづけた。歩いている内に体の痛みが消えていく。疲れはとれ、足取りは軽い。 「すばらしい気分だ」 「いまにも帰れそうな、そんな気がする」  ふたりの目線の先で小さな星はいつまでもかがやいていた。
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