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「はぁ」
大学の帰り、若い女性一人で歩くのは些か危険な夜道を歩くたびにこう思う。
「せめて街灯くらい作って欲しい」
心の中で言ったはずの言葉が、口から出た。
月明かりを頼りに暗闇を進んで帰るのは、中々にスリルがある。それも悪いスリル。
近隣で事件があったなんて話は聞かないが、用心棒な性格上、いつも身構えながら帰宅していた。
しばらく歩き続けていると、『ひかりコーポ』と書かれた看板と、小さくてお世辞にも綺麗とは言い難いアパートが見えてきた。
ここの203号室が私の家だ。
霞んだ白字で水門(みなと)のネームカードが仕込まれている。
「ただいま」
誰もいないワンルームに向かって呟き、申し訳程度に存在する床の見える部分に腰を下ろした。
今年23歳、地元の公立大学医学部5年生。将来安泰コース、と高校からの数少ない友人には言われたが、自分では現在非安泰コースだと思っている。
毎日出題される課題とレポートに構っているおかげで、部屋はゴミ屋敷同然に荒れており、身なりも全くもって現役女子大生と名乗るには程遠いほど、放置していた。
毎日変な柄のTシャツやジャージの着回しである。
食事は、外食かコンビニ続きになっている。
こんな生活も、全部あんなことが起こったせいなんだ。
史上最悪の悪夢の日を、無意識に思い返した。
お陰で、私は家事もままならないまま一人にされた。
私に残ったものはと言うと、学生のうちはなんとかやっていける程度の財産だけだった。
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