稼業

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 まずはこの間の“半グレ退治”かな。最近ホント多いの、半グレに関する依頼。その日も依頼が来てた。まぁこの日のは特別だったんだけどね。よっしゃ!学校終わったからトレーニング、と思ったら院長の香織さんから着信。 「愛華?もう授業終わった?」 「お疲れっス。終わりました。どうしたんスか?」 「悪いんだけど今すぐ向かってほしい場所があるの。五段の子が初段の子を連れて依頼を受けたんだけどテコずってるみたいなの。助けに行って!詳細は送っておくから!」 「はーい。了解でーす」 ウチら除惨士は段位があるんだ。剣道みたいなね。腕前のレベルみたいなモン。受けた依頼の数とか試験の結果で順位がつけられるんだ。一番下が初段で次が九段。そこから八、七、六って上がって行って三段、二段、一段、そして一番上が零段(れいだん)。アタシ?もちろん零段。なんせアタシは可愛くってサイキョーだからさ。あと全ての除惨士はスマホに専用のアプリを入れてるんだ。依頼と除惨士に関する情報がなんでもわかる。細かいデータだけじゃなくって現在地とかも。ホラこれ、その時香織さんから送られてきたデータ。 依頼主:愛洲香織 依頼内容:戦闘中の除惨士援護・救出。 負傷者:アリ(疋田佳苗五段) マップ機能を見ると立川駅の南口にある雑居ビル内で赤い丸が点滅してる。なんかゲームみたいでしょ? 「また改造済みの半グレか…?」 データ見てピンときた。この五段の子“疋田佳苗”ちゃんって結構剣の才能ある子で、ウチに来てからグングン伸びてる子なの。もう何度も半グレのアジトを潰してる腕利き。これほどの子を追い込むのは只者じゃない。多分“改造済み”。場所はなんとかっていうバー。どうせぼったくりバーだし、これから潰しに行くから名前なんていちいち覚えない。 「今日も暴れてやるか!」 混み始めた荻窪の改札を早歩きで抜け、人ごみの間をすり抜けながら中央特快に飛び乗った。いざ立川へ。依頼くるとウキウキしちゃう。戦闘大好き。 人で溢れかえった立川駅の改札を抜けて南口へ向かうと、柱に寄りかかっていた制服の女の子がアタシを見るなり近寄って来た。暗めの茶髪でギャルメイク。でも表情は堅い。じっと見つめる視線にアタシは立ち止まって強く警戒した。 「愛華さん…」 少し乱れた髪、左ひざにすり傷を負ったその子は、自分のシャツを小さくめくって下腹部のタトゥーをアタシに見せる。ピンク色のバラが内側から光を当てたみたいに薄ら輝く。アタシもシャツをめくってヘソ周りに入れたハイビスカスを光らせる。これ除惨士が外でお互いを確認するとき特有の挨拶。 「アンタ新人?」 「はい、ゆかりです…」 「佳苗ちゃんは?」 「まだ戦闘中です」 ゆかりの肩越しにもう二人負傷したJKギャル。スクールバッグとか腰に巻いたカーディガンで怪我した場所を必死に隠してるけど明らかに除惨士。 「アンタたちはすぐに産婦人科に戻りな。佳苗ちゃんはアタシが助ける。」 「お願いします…」 軽く頭を下げると素早く改札の奥へ消えて行く3人。それを見届けてから早歩きで目的地へ向かった。南口を出てすぐ、チャラい格好の男たちが4人あちこち見渡しながら歩いてる。険しい顔して逃げていったゆかりたちを探してる感じ。すぐに自販機に寄りかかってスマホをいじるフリ。もう一人がビルから出てくる。 「ここだ、間違いない」 送られて来た情報と同じ場所から出てきたことを確認。男たちが何か話して散りじりになってゆくのを見計らってエレベーターで5階へ。時間は18:42。まだバーの営業時間には早い。客がいないのは好都合だ。ギャラリーの前でアタシの最強っぷり見せつけてやるのもいいけど、ごちゃごちゃ騒がれると後がめんどくさくってウザいし。 ピンポーン。 5階に到着。黒とピンク色の装飾がされた派手なドア。両開きなんだけどボロボロで左側が外れかかってる。床には割れたグラスとか酒の瓶。結構派手にやってんな、とか思ってたら中から騒ぎ立てる声。悲鳴じゃなくって、指笛とかヒューヒューみたいに煽るやつ。楽しく盛り上がってるみたいな。アタシは不思議に思って壊れかかったドアの隙間から中を覗いた。棚が崩れたりテーブルがひっくり返ったりしてる荒れ果てた店内はアリエナイ、ホント胸糞悪い光景だった。 「ギャハハ、佳苗ちゃん似合うじゃん」 中で5人の男に囲まれた下着姿のギャルが縄で縛られて天井から吊るされてた。まだ“手を出されてない”っぽいけど、猿ぐつわされて膝をついて涙を流す顔は切り傷と痣だらけ。チラッと見える下腹部のコスモスのタトゥーは上から“どスケベギャル”とか”男大好き“とかめちゃくちゃに落書きされてる。 「佳苗ちゃん泣いてばっかだとカワイイ顔台無しだよぉ〜」 黒いアディダスのキャップかぶった男が佳苗ちゃんのほっぺたを力いっぱい掴み上げてからかってる。佳苗ちゃん、悔しかったんだろうね。アイシャドーが崩れた目で睨み返して猿ぐつわの穴からそいつに唾かきかけてた。 「うわっ…!チッ、このブス!」 笑うほかの男を尻目にその黒キャップ男、佳苗ちゃんの顔面に力いっぱいの膝蹴り。バコッって音がアタシの方まで聞こえた。大きく後ろに反った首が戻ってくると両方の鼻の穴から大量の血。はいアウト。もう許さない。アタシは深く息を吸い込んだ。 バターン! 外れかかったドア思いっきり蹴破ってやった。除惨士って依頼を受ける時は基本一人でやっちゃダメって言うルールがあんのね。必ず二人一組で行動しなさいよっていう。でもさ、このクズどもがやってる事を応援が来るまで見てられる?女の顔を傷つけるようなバカ男これ以上ほっとける? アタシは無理。 「アレ、佳苗ちゃんのお友達?」 「うわカワイイ。」 「佳苗ちゃんよりおっぱいでかいんじゃね?」 「ヤリマンだな」 鼻をすする佳苗ちゃんがアタシを見て大粒の涙を流す。 「今すぐその縄をほどけ」 「は…?」 「縄をほどいて出ていけ。”潰す“ぞ…」 お店の中シーン。 「…プッ。ダハハ!潰すだって。スッゲー格好いい!」 黒キャップ男、ロン毛の無精髭男、つり目のデブ男、茶髪のグラサン男、ムキムキの異様にでかい男。柄悪いのが一斉に笑い出す。ロン毛の無精髭がアタシに近寄ってくる。ニヤついてユラユラ歩きながら。アタシの右斜め前の小さなテーブルに、底が割れたワインの瓶と栓抜きがあるのを横目で確認。佳苗ちゃんに”今助けてやる“と目配せして小さく頷いた。 「どうやって潰すのか教えてよぉ〜」 視線を佳苗ちゃんからロン毛へ。身長は178センチくらい。近くで見ると意外と筋肉質。 「10個、か…。潰してやる…」 「はぁ?意味わかんなーい。10個ってなに〜?」 アタシの髪の毛を人差し指でクルクル。触んじゃねぇゴミ。膨らましてるその鼻の穴にグサっ。 「グッ!ギャァ!」 思いっっっきりワインの栓抜きぶち込んだ。トグロ巻いてる部分が完全に見えなくなるくらい奥に。 「テメッ…!」 走って向かって来る黒キャップとグラサン。右手で割れた瓶の注ぎ口を持って右側のグラサンの顔面に投げる。直撃をくらって怯むグラサン。ナイフを取り出した黒キャップのその右手の手首を掴み相手の外側へ。指で目を突き、強く手首を捻りナイフを奪う。背後を一回転して左ひざの裏を突き刺し立て膝をつかせる。怯みから回復したグラサンがパンチのために踏みこんだ右脚のスネにトゥーキック。両手でスネを抑えたところで髪の毛を掴みソファーの穴が空いた背もたれに顔面を突っ込む。尻を突き出した状態の、その股間目掛けて渾身の蹴り上げ。脚の甲で感じる“潰れる”感触。 「うごぉぉぉ!」 「2個…」 背後の気配で黒キャップが近づいてるのがわかったから、振り返りがてら回し蹴り。でも上手く避けやがって、軸脚目掛けて突進された。脚を抱えられたまま倒れ込む。手を伸ばして刺さったままのナイフを左ひざの裏から抜いて、返す刀で股へ突き刺し左右に抉る。 「グギャァァ!」 「4個…」 立ち上がって、うずくまる二人から振り返るとデブとムキムキがピンク色の液体が入った注射器を自分の首に刺してた。出たよ、やっぱり。二人ともみるみるうちに目が血走って全身の血管が浮き出たかと思うと、体つきがさらに大きくなった。2メートルを超える身長、脚みたいな腕、腹回りみたいな脚。胴体はベルトを引きちぎるくらいに膨らんでる。 「フン」 もう鼻で笑うしかないね。ムキムキが床に固定された4人用の席のテーブルを引き抜いて両手に2つ持ち、デブが床と壁に固定された5人くらい座れるソファーを引っぺがす。二人とも思いっきりアタシに投げる。余裕で交わしたけど、投げられたものは店のドアを壊してエレベーターのドアまで突き破っていた。人間の力じゃない。そうコイツらは“改造済み”。最近出回っている「キンメリア」っていうクスリで人間を完全に辞めちゃった奴ら。肉体を極限まで強化できる。 「ふーん。やっぱ改造済みか。じゃ、遠慮は要らないね!」 アタシ、こんなチャラいギャルだけど、世の為人の為に除惨士やってる。敵であっても優しくする。 相手が“人間“ならね。 目を閉じて深呼吸、自分のヘソに意識を集中する。光るタトゥーがお腹の前で魔法陣を描き出すと、アタシはそこに手を入れて中にあるものを引き出す。 ”叢雨“ 悪を斬る刀。アタシ専用の真剣。 「斬る…!」 グオぉぉぉ!って雄叫び上げながらドタドタ足音立てて向かってくるデブとムキムキ。その目は血走ってるけど虚ろ。ホントにただのけだもの。強くなりたいってだけで人間までやめるかね。 “バコッ” デブの拳が机を叩き割り、ムキムキの足が空を切る。攻撃を避けつつデブの肩を踏み台に跳び、空中で振り返ってそのブヨブヨの背中を袈裟斬り。裏拳をかまそうとするムキムキの腕に向かって払い上腕を深く斬る。 「遅い」 力が強くなったはいいけど、デカくなりすぎて攻撃が遅い。弱い奴の典型。“強くなるにはひたすらデカければいい”と思ってる。でも驚いた。確かに斬ってやったのに全く反応しない。マイクロチップを脳内に埋め込んでるんだ。痛覚も制御してたみたい。 “ドッ” まさか脳内手術まで?!と思った時には振り返ったデブの膝がアタシの腹に入ってた。突き飛ばされて身体がソファーに突っ込んだ。神経伝達もさっきより早くなってる。全身にキンメリアが行き渡り始めたんだ。自慢げに胸を張るデカブツ二人。 「来な」 アタシは手招きした。面白れぇ、見てやろうじゃん。クスリで強くなっただけのチンピラがどこまでできるのか。デブとムキムキがヒュッと影のようになり近づいて来る。速い。明らかに変わったらてきた。とっさに床に転がってた酒の瓶を両手に一本づつ持ち、二人の股間に投げる。ヒットしたけど当然怯むわけない。ソファーに埋まったアタシに来る連続攻撃。ドカドカ、バコバコってマシンガン見たいな音してた。綿とか木の破片が飛び散ったかと思うとピタリと止まる二人。まぁ当然だよね。だってアタシもう二人の後ろにいるもん。アタシはデカブツたちの足元に火をつけたお店のマッチ投げた。 “ブワッ” 青い炎に包まれる二人の股間。流石にのたうちまわってた。手で抑えたり払ったりしてるけど全く消えない。 「8個…」 “パンッ” 棚の酒の瓶が弾ける。音がした方を見るとロン毛がソファーの反対側の壁から銃構えてた。 「ヒヒヒ、死ねぇ」 “パンッ” しっかりアタシを捉えた銃口からまた銃声。でもロン毛のニヤついた鼻血ヅラはすぐに青ざめた。アタシはロン毛を睨んだまま。 “パンッ” エ…って感じでポカンとするロン毛。当たり前じゃん、そんなもん当たらない。弾丸くらい斬り落とせる。黒ギャルJK除惨士“愛華”をなめんな。 “パン、パン、パンッ” 6発で弾切れ。リボルバーだからね。 「く、クソッ」 ポケットを弄って弾込め。震えながら一生懸命装填。ゆっくり歩いて近づきながら終わるまで待ってやった。最後は飛び道具に頼るしかないホントのクズ。 「このッ…」 銃弾を込め終わりその指先が撃鉄に触れた瞬間、叢雨を払った。 「あ…?!」 カウンターの奥に銃が飛んでいく、手首と一緒に。 「ギャァァァ!…くそぅ」 右腕抑えてながら這いつくばって逃げようとしたから髪の毛掴んで壁に頭を叩きつけてやった。アタシはもう一度魔法陣を出して刀を納めた。細切れにしてやろうと思ったんだけど、こんなカスの血で刀を汚したくないからね。 「こんな事してただで済むと…」 “ギュッ” 「アガァァァ」 「ヤダー、なにこれぇ」 自分の口元を手で抑えて渾身のぶりっこ。 「いてぇ。ヤメロォ」 「イキがってたくせに、ずいぶんかわいいサイズのタマタマ〜。ロクに使えなそうだから潰しちゃお〜」 「待て、待て!待ってくれ!金庫に金とキンメリアがたっぷりある、全部持ってけ」 「…はぁ?」 “グググ”。アタシの掌がどんどん狭まる。 「うぐッ。ヤメロ、あの女の事なら謝る。二度としない。だからやめてくれ!」 「あの女、じゃない。疋田佳苗」 「か、佳苗…すまん!」 “ギュッ!” 「疋田!佳苗!」 「ああっ!わかった、疋田佳苗!」 「そう。疋田佳苗…。覚えた?」 「お、覚えた!」 「10個」 「は…?」 「言ったでしょ?“10個、潰す”って」 「ヒィ。ヤメロ、ヤメ、…ギャァァァ!」 掌に思いっきり力を込めた。女に恥をかかせ、クスリを悪用した。その罪は重い。 「愛華、さん…」 縄をとき、猿ぐつわを外すと、佳苗が抱きついてきた。 「もう大丈夫だよ」 アタシも抱きしめてアタマを撫でてあげた。 「すいません、ドジっちゃいました」 「もう、バカだね」 「ただのチンピラだと思ってたんです。でも改造済みで」 「ちゃんと相手を推し測らなきゃ」 「びっくりしたけど、新人の前だったし。愛華さんみたいになりたくて。それで…。ごめんなさい」 「大丈夫。あんたが生きてるならいいの」 「愛華さん!ありがとうございましたぁ!」 アタシは号泣する佳苗ちゃんを抱きしめ続けた。パトカーのサイレンが聞こえるまで。そのあとはなんとか歩ける佳苗を護衛しながら産婦人科へ帰った。
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