寝床

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寝床

「ふぅ…」  トレーニングを終えたアタシは愛洲産婦人科へ。その日もホント蒸し暑かったし、トレーニングしてきたから院内の冷房がすごく気持ちいい。幸せそうな妊婦さんがいっぱいいる待合いを抜けて、外来の患者のフリして偽装した診察室に入る。ベッドとエコー検査の機械があるんだけど、その機械の画面が指紋認証になってて手を当てるとスキャン開始。この間この画面に手当てたときネイルが当たっちゃってさ。結構お気に入りのやつが剥がれちゃった。で、スキャン終了。ベッドが横に動いくと出てくるちょっとした階段の先に地下に通じるエレベーター。なんだかちょっと面倒なんだけどまぁしょうがないね。んで、さらにその先にあるのが除惨士のための施設「母胎院」。結構大きいんだよ。地下10階建て。医療区画、技術区画、居住区画。居住区画はアタシたちの家みたいなもんでさ、母胎院の中で一番広くてアタシが行ってる学校の体育館2つ分くらいあるの。そこに除惨士一人一人のの部屋とか、みんなが集まる大部屋があるんだ。みんなその大部屋を「控え室」って呼んでる。テレビとソファーと冷蔵庫がある大部屋。シャワールームもついてる。 「お疲れー」 中にはいつものメンバーたちが15人くらい。除惨士は全部で30人、ほとんどJK。それとは別に見習いでJCが10人、くらいかな。驚いた?アタシと同じくらいの年齢で同じような見た目した奴らが、スマホいじりながらお菓子食べたり、ソファーで寝っ転がってテレビ観てたり、ベラベラ話しながらメイクしてたり。こうして見るとギャルばっか集めた女子校みたいだよね。アタシは荷物を置いてシャワーの準備、をしようとしたら…。 「愛華さん!」 控え室の扉から中へ入って来る2人のうち1人がアタシに手をあげる。 「あ!えっと、ゆかりちゃんだっけ?」 「はい、この間はありがとうございました」 この娘は半グレ退治した時に駅にいたJK。っていうのはもう知ってるか。 「もうケガは治ったの?」 「はい、もう元気っす」 「愛華」 「香織さん」 この人が院長の愛洲香織さん。子供の頃からめっちゃお世話になってる人。明るめの茶髪のロングヘアー。赤縁のメガネ。ぽってりした唇の左下辺りにホクロ。ブラウスのボタンが跳びそうになるくらいデカイ胸。タイトなミニスカから伸びる脚は黒いストッキングと黒いパンプス履いてる。ってAV女優かーいってくらいセクシーすぎる医者。アタシもスリーサイズ自信あるけど、この人もすごい。 「今日からゆかりちゃん瞑想期間だから教えてあげて。佳苗ちゃんの代わり。頼んだわよ」 アタシの肩ポンと叩いて戻って行く。え、シャワー…まいっか。教えてあげないとね。 「よし、じゃあ案内するね」 「はい、おなしゃす」 控え室から出て瞑想室へ向かった。 「宝石はもう入れた?」 「はい入れました」 「じゃあ、その時聞いたかもだけど説明するね」 真っ暗で足元にポツポツと証明があるだけの長い廊下へ。 「アタシたち除惨士は、誕生石を“受星(じゅせい)”っていう宝石の力を増幅させる容器に入れて子宮に埋め込んでる。小指の爪くらいのやつ。」 この廊下ネイチャーサウンドが流れてるんだよ。川のせせらぎとか、鳥の鳴き声とか。 「それから増幅させた力を全身に行き渡らせるタトゥー“着星(ちゃくしょう)”を使って戦闘能力を得ているの。で受星と着星の機能を安定させる薬品が“開任(かいにん)“。でもこの開任は時間が経つと体にとって毒になる。」 除惨士って生理が重い娘が多いんだよね。アタシもそう。 「その毒を受星と着星が子宮に集めて、生理の時に経血と一緒に出す。ここまでは知ってるよね」 「はい」 突き当たりまで来ると頷くゆかりに向かって、自分の口元に人差し指を当てる。瞑想室って書いてある重たい扉をそっと開ける。 「わ…」 「ここが除惨堂(じょさんどう)」 そう、地下に作られた神社。天井がガラス張りで昼間は太陽の光が入って来るようにできてるけど完全防音。ここは駅に近いからね。木の植え込みで作った森と石畳の参道、でっかい鳥居、そしてみんなが瞑想する境内。 「どう?ゆかり。本格的な神社でしょ?」 「…すっごいすね」 目キッラキラのゆかりと一緒に参道を歩いて行く。この境内はちょっとした仕切りで分けられてて、瞑想に集中し易いようにされてるんだ。その時は10人くらい除惨士がいたな。 「あとは瞑想用の服に着替えて、生理が過ぎ去るまでここで祈る、と」 「そう、あとは香織さんに聞いたようにしてれば大丈夫だよ」 「はい、ありがとうございました」 多分もうすぐアタシも生理。動きたくないくらいしんどいんだけど、ここで子宮に意識を集中して祈るとホント楽になる。除惨士たちの子宮が能力を高める為の場所なんだけど、学校の子たちにも教えであげたいよ。アタシは目を瞑って座禅を組んだゆかりを見てから神社を後にした。 シャワーを浴びた後脱衣所に戻ると、髪の毛乾かしてる紫苑と鏡越しに目が合った。 「お、愛華」 この子は塚原紫苑。アタシが一番仲良くしてる子で永遠のライバル。除惨士の中で唯一の黒髪。ま、毛先は金髪なんだけど。白ギャル。剣の腕前はアタシと同じ零段。スラッとした体型。顔がちっちゃくてアタシより少し背が高くってホントモデルみたいなの。 「あ、紫苑。お疲れ。入ってたんだ。っつーか服着てから髪の毛乾かせよ!」 下着も着けずにドライヤー当ててる紫苑がニヤリと笑う。 「誰もいないからいいかなと思ったんだもん」 身体を拭き終わったバスタオルを掛けてアタシもドライヤー。 「お前も着ないのかよ!」 アタシはヘラヘラ笑った。普段女ばっかりの所にいるからこう言うとこ雑になってくる。 「ねぇ、そういえば佳苗ちゃんは大丈夫なのかな?」 ツヤツヤの黒髪をなびかせる紫苑。メイク落としても整った顔が羨ましい。 「うん、アタシと一緒に戻って来たときは普通に会話できる状態だったから大丈夫だと思う」 鏡の前で並ぶと紫苑のスタイルの良さに見惚れちゃう。“大きさ”で言ったらアタシの勝ちなんだけど、“バランス”で言ったら悔しいけど紫苑の勝ち。アマリリスのタトゥーの上にある縦長のおヘソとか太ももの細さとかマジ羨ましい。紫苑はドライヤーのスイッチを切る。 「ね、聞いた?キンメリア、開任とほぼ同じ成分だったんだって!」 「え、ウソ?!」 びっくりしてアタシもドライヤー切った。 「愛華が持ち帰った注射器から香織さんが検査したみたい」 佳苗ちゃんを助けたときのやつね。開任は女用。体内で毒に変化した開任を経血と一緒に出すことまで考えて作られたもの。ぼったくりバーにいたデブとムキムキみたいに男が使っていいもんじゃない。そんな事も知らず肉体改造のためだけに使ってるバカ半グレがなんで開任を持ってるのか…。 「横流しされてるって事?」 頷く紫苑の眉間にシワがよってた。アタシたち以外に開任を持ってるやつなんていない、ハズ。ましてや除惨士なんてやってるのは愛洲産婦人科だけだ。 「ねぇ、疑う訳じゃないんだけど、あれから藍那ちゃんと連絡取ってる?」 首を振る。藍那(あいな)はアタシの妹。この前喧嘩しちゃったんだ。開任の警備担当がトレーニングもしなきゃ、ここにも来ないんじゃ注意しないわけにいかない。サボんなって言ったら連絡も取れなくなった。それっきり。 「早く探した方がいいね」 「うん…」 絶対妹は関係ない、って言いきれないどころかうつむいて頷くだけの自分が情け無くって仕方なかった。
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