刺客

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刺客

「ハア、終わった終わった」 ダルイ授業が終わった。今日は誰かと遊んでから帰ろっかなと思って、クラスメイトに声かけた。 「ねぇ、これからカラオケ行かない?」 「あ、ゴメン今日はちょっと…」 そいつ彼氏と一緒に写ってるスマホの待ち受け見せてきた。 「なんだよぉ」 「今日彼氏の誕生日だからサービスしなきゃ!じゃね!」 ハイハイ、オトコがいるヤツはいいね。何人かに声かけたけど結局誰とも遊べず。荷物をまとめて、運動部がランニングしてるグランドを抜け、校門を出る。 「ん…?」 …。 アタシさ、ホント座ったままっていうのが苦手。身体動かしてないとイライラする。授業なんてどれも興味ないもんばっかだから大抵寝てる。だって眠いんだもん。体育の授業くらいだね、しっかり目が冴えてるの。なぁんで勉強なんてしなきゃいけないですかねぇ。なんて考えながらスタバで一息。そのあと駅ビルのモールを見て回った。特に欲しいものなし。その後本屋さんへ。ギャルのファッション雑誌をペラペラ。まぁこの雑誌は控え室にも置いてあるから読まなくてもいいか。そのあと釣具屋さんへ。釣りなんてしないけどね。え?なんですぐに産婦人科へ行かなかったかって?あのさ、その日アタシ学校出た時からずっと後ろをつけられてたのよ。だから釣具屋さんを出て、スマホをいじりながら河川敷近くの公園へ。結構おっきめの公衆トイレがあるんだけど…。 「誰だ…?」 なんとかまいて木陰に隠れた。虫いるからこういうとこヤなんだけど…。JKだけどここら辺じゃ見ない制服。身長はアタシと同じくらい。肌はアタシほど黒くない。細長いケース見たいなの背負ってる。髪はホワイトバレイヤージュ、ってわかる?後ろ姿はそんな感じ。 「うん、髪型カワイイ」 なんて感心してる場合じゃない。アタシがトイレの中に入ったと思ったんだろうね。様子を伺いながらその子がトイレに入って行く。アタシも下腹部を意識しながらすかさずトイレへ近づく。覗き込んだ先にある手洗い場で、その子が背負っていたケースから取り出したのは…。なんだと思う?刀!使い込んでるけどしっかり手入れされてる。腰の辺りで構えながら手前の個室、真ん中の個室、そして奥の個室をゆっくり見ていく。 「ナニしてんの?」 アタシのまぁまぁ低めの声。その子はピタッと止まって、にっこり笑いながらこっちを見た。バレちゃいましたか!みたいな感じ。髪色に合わせた全体的にちょっと暗めのトーンのギャルメイク。うん、似合ってる。センスいいね。初めて見る顔だけど。 「見てもらいたくって」 「は?」 「一刀流の太刀筋をね…!」 一気にヤル気ギンギンの顔になった。抜きながらの斬り上げ。速い!アタシとその子の距離は5歩か6歩分はあったんだけど、凄いスピードで一気に間合いを詰めて来た。咄嗟に子宮から抜いた叢雨で捌いたけど、マジ危なかった。 「へぇ、これが無形の位ってヤツ?この斬り上げ捌くなんてやるじゃん。」 「あんた新陰流知ってんの?」 ニヤリと笑うその子はアタシの流派“新陰流”の事を知ってた。お互いの頭の上で刀同士が鍔迫り合い。速いだけじゃない、力も相当だ。 「知ってるよ。自分からは仕掛けないっていう“腰抜けの立派”だろ?」 へッ、カワイイ顔して言うじゃん。それにしても凄い力。アタシその時、力で負けちゃってさ。悔しいけど一歩引いちゃった。その子の斬り落としを避けてまた斬り上げをしようとしたところで叢雨で抑えてお互いの腰元で鍔迫り合い。肩と肩がぶつかり合って顔が近づいた。その時に気づいたんだけど、その子目が虚ろなの。バーにいたデブとムキムキみたいな目。焦点が合ってない感じの。キンメリア使ったヤツってみんなそうなる。この異常な力もそれだなってわかった。 「誰に言ってっかわかってんの…?」 「上泉愛華、でしょ?」 と言ったかと思うとアタシの叢雨足で踏んで、左手で首絞めてきた。 「会えて嬉しいよ愛華。以外とカワイイんだね。殺すのが惜しいわ」 喉潰れるかと思うくらい絞められたから咄嗟にその子のお腹に膝蹴り。その時何かが膝に当たった。硬い何か。 「ギャ!ぐあっ」 下腹部を抑えて怯んでた。やけに痛がってる。ゴメンね、女の子のお腹蹴っちゃった。その子の抑えた手の辺りからピンク色の液体が染み出して、楕円形の機械みたいなものも透けて見えた。その子は肩で息しながらすぐに刀を構え直し殺意剥き出しの顔になった。 「殺してやる…!」 「上等だよかかってきな!」 手招きして挑発してやった。歯を食いしばった口からヨダレ垂らしてる。まともじゃない。かわいそうにクスリ漬けのJKか。何があったのか知らないけど斬るしかないな、と思ってたら。 「た、助けて…!」 「え…?」 びっくりした。アタシ聞き間違えたのかと思って普通に聞き返しちゃった。 「戦いたくない…!」 「アンタ何言ってんの?」 表情が別人みたいに変わった。涙流して、困ってるみたいな、ガマンしてるみたいな顔。マスカラが黒い線になって目尻から流れてる。 「コレ、外して…。取れないの」 お腹の機械の一部がピカピカ赤く点滅してる。漏れ出してるのは明らかにキンメリア。クスリ漬けに、されてる? 「うっ!ぐぅぅぅ」 その子は地面にうずくまった。ヤバめの呻き声だったから近寄ったら…。 「ぐあっ!」 刀で払ってきた。今考えるとトイレに誰も居なくてよかったよ、ホント。払った先にある個室が凄い音立ててめちゃくちゃに壊れてたからね。とにかくその子の言う通りお腹の機械をどうにかしようと思ったんだけど、中々隙が作れない。相当な手練れだね。また目の焦点が合ってないイッちゃってる顔になって斬りかかってくるし。やぶれかぶれ?って言うの?剣術じゃなくて刀振り回してるだけって感じ。 「くっ、仕方ない。宝石技だな…」 力任せの技を受け流しながらお腹に意識を集中した。 “宝石技(しきゅうぎ)“ 宿した宝石の力を解放する、必殺技みたいなもん。アタシが入れてる宝石は“ブラッドストーン”。別名はヘリオトロープ。“太陽を呼び戻す石”って意味。どう?カッコいいでしょ?太陽の力を叢雨に宿して、熱で触れたものを蒸発させたり、強烈な光で目眩しさせる技。このまま普通にお腹の機械を斬り落とそうかと思ったんだけど、その子まで傷つけちゃいそうだったからね。アタシは遅く刀を払った。当然避けられる。わざと隙を作って相手の袈裟斬りを誘う。 「うっ」 刀身で受け止めたその太刀筋は腕の骨が粉々になりそうな振動だった。それを我慢して叢雨を握る手とお腹に強く力を込めた。ヘソのあたりに出る魔法陣と同じやつが叢雨を包み込む。 (出でよ陽光!) 震えながら競り合う刀の向こう側にあるその子の顔。ヨダレを垂らしながら歯を食いしばって、涙をボロボロ流して血走る見開いた目に閃光をお見舞いしてやった。 「ギャッ!」 左手で両目を抑えて3歩くらい下がったその子のお腹をすかさず叢雨で突く。 (焼け叢雨!) よくわかんない機械に確かに届いた感触を信じて刀身の“陽炎”を放つ。熱したての様に赤くなった刀身が渦を巻いた炎に包まれる。ピンク色のキンメリアがスチームのように湯気を立てて蒸発していくと、その子の目に光が戻っていった。 「ぐぐ…」 苦しそうに唸った後、仰向けに倒れて気絶した。 「ふぅっ」 陽光と陽炎が消えた叢雨を納めて、鏡も壁のタイルも便器もボロボロの女子トイレで短く息を吐く。なんとか一刀流を凌いだね。中々楽しい勝負だった。アタシはその子にゆっくり近寄って頸動脈に触れた。とくんとくん…。よし。大丈夫、命までは取らないよ。何があったのかはわからないけど、辛かったね。そう思いながらほっぺたを撫でてあげた。少し眉間にシワを寄せて眠るその子の顔は汗と涙でビッショリ。焼け焦げたお腹の機械は赤い点滅が消えてた。 この子は一体誰なんだろう?なんで襲ってきたんだろう?この機械をどうやって着けたんだろう?全部次の日に本人が教えてくれた。
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