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その日は何となく仕事に集中出来なくて、最低限だけ終わらせて残業はしないで帰る事にした。定時で帰る事が少ないから、夕方の街並みを歩いている事に凄く違和感を感じてしまう。 藤川君は接待があるらしく、上司に飲みに連れられて行った。すれ違い様に「あんま悩まないで、何かあったらいつでも相談して」と囁かれた。 その少し後に篠崎ちゃんが私の背後から思いっきりぶつかって来て思わずよろける。 「うっ」 「あ、ごめんなさ〜い!」 「あ、うん…」 私を振り向く事なく、篠崎ちゃんは駆けて行った。 近くにいたエミが支えてくれたのでケガこそなかったけど、支えてもらわなかったら頭から壁にぶつかっていたかもしれない。 「…なるほど、篠崎あいは藤川狙いか。道理で泉の仕事邪魔したりするわけねぇ…」 「エミ? 何か言った?」 「あんたも苦労人ねって話。…それより折角早く会社出るんだし、ワゴンで買い食いしない?」 エミの言葉で、最近会社近くの広場にワゴン販売のタンドリーチキン屋とクレープ屋が来ているという話を思い出した。別の部署の子達が安くて美味しいと騒いでいたはずだ。 由樹は今日遅くなると言っていた。 流石にエミとなら嫉妬もしないだろうし、買い食いの提案に乗る事にした。   「いいね、どっち食べる?」 「そりゃあ、どっちも!」 声高らかに宣言するエミと笑い合い、広場へと足を運ぶ。 夕方なので犬の散歩をしている人や、遊んでいる子どもの姿も多く見られた。 タンドリーチキンを販売しているおじさんにチキンを二つ頼むと、ちょっとお肉をおまけしてくれた。エミと「ラッキーだね」と話しながら空いているベンチを探していると、広場の中心に人だかりが出来ているのに気付いた。 何かの撮影らしい。写真を撮っているようだったから雑誌関係だろうか。 昼間じゃなくてこんな夕方にやるんだ、と思いながら目の端で見ると、丁度写真を撮られているモデルが由樹に良く似ていて思わず二度見してしまう。 違う。似ているなんてもんじゃない。 あれは由樹だ。 驚いた私が口から零したチキンを、足元のカラスが掠め取っていった。 あ、共食い。 一瞬そんな事を考えながらカメラさんの前でポーズをとっている由樹らしき人をマジマジと見つめた。 私がお喋りに反応しなくなったことに気付いたエミが私の視線の先を辿っていって、「うわ、マジ?! あれってモデルのYOSHIKIじゃん!」と黄色い声を上げた。…モデルのYOSHIKI??私には高瀬由樹にしか見えないけれど、やっぱりそっくりな芸能人なんだろうか。あまり雑誌を読まないしテレビも見ないから、流行っているらしいそのモデルの事も知らなかった。 「ここで撮影やってるなんてラッキーだったね。写真より実物の方が格好良い~!!」 背高い、腰細い!!と連呼しているエミは凄く興奮していた。 「…あのモデルって、有名なの?」 「え…泉、流石にその発言はヤバいよ。海外進出もしててパリコレ経験もあるモデルよ!!」 由樹も綺麗な顔をしているけれど…私はまさかね、とチキンを頬張った。 すると撮影を終えて写真チェックをしていたらしいそのモデルはこちらを見て、笑顔で大きく手を振っている。それまでキリッとした真剣な表情だったその人は、にこにこと緩んだ顔をした。…あぁ、間違いかと思ったけど。やっぱりあの由樹だ。昼間何をしているのか聞きそびれていたけれど、まさか有名なモデルだったとは…。私が小さく手を振り返すと、エミが驚いたように肩を掴んできた。 「泉? どーいうこと?」 「えーと…私にも何がなんやら…」 小声で事情を説明すると、エミは口を開けたまま驚いて言葉を失くしていた。 私だって驚いてる。部屋の中が綺麗に保たれているから、てっきり由樹は昼間家にいて主夫をしてくれているんだと思っていたのに。 本当、由樹について知らない事ばかりだ。 私が少し不貞腐れたような気持ちでいると、何やら席を外していたエミが戻ってきた。 「こんな時間に撮影って何でだろうって思って、野次馬に聞いてきたのよ。そしたらYOSHIKIが首元にキスマークつけてたり頬を腫らせて現場に来たもんだから、その待ちだったんだって。キスマークは化粧で何とかなるけど、頬の腫れが中々引かなかったらしいわよ、ねぇ泉さん?」 私は不貞腐れている場合ではなかったらしい。 帰ったら由樹に顔を叩いた事を謝らなきゃと思った。…例え由樹のレイプの所為だったとしても、撮影隊の人に迷惑をかけてしまったのには違いないから。 それから…書店に寄って雑誌を買って帰ろうと思った。 モデルの顔をしている由樹は、ちょっと見惚れるくらいだったから。
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