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「由樹、正座」
「はぁい…」
昨夜と似てるシチュエーションだけれど、室内の空気は全く違った。私は由樹の前で仁王立ちして、由樹はしおらしい顔で土下座をしている。
あの後綺麗に頭突きが決まり、「イッテェ…!!」と呻く声に確信した私は地響きのような声で「早く、拘束を外して」と一言。
すぐに解かれた目元の拘束に、眼前に由樹のバツが悪そうな表情が映って、やっと安心出来た。言いたい事はいっぱいあるし、ショックだし、腹は立っているけれど。一番最初に安心してしまった。
相手が由樹で良かった、と。
でも次に湧いてくる感情はやはり『怒り』だったので、腕の拘束が解かれた瞬間に手が勝手に平手打ちしていた。
パシンッとした音を聞いた後でやっと、自分が叩いたのだと分かった。由樹は叱られた子どものような表情をしている。悪いのは圧倒的に由樹なのに、こちらが罪悪感を感じる程に大きな背を丸めて小さくなっている。
私が溜息を吐くと、その背はビクリと動いた。
「…何でこんな事したの?」
由樹があまりにも小さい子どものような反応をするから、こちらも毒気が抜かれてしまったらしい。思った以上に落ち着いた声が出た。
「…泉が、駅前のカフェにいるのは分かってたんだ。迎えに行こうと思ったけど、恭平と一緒に居ることに気付いちゃって…泉のこと責めたくないのに、どす黒い気持ちがどうにも出来なくて。…ごめんなさい」
「ちなみに、何でカフェにいるの分かったの?」
由樹は不思議そうな顔をして、「GPSアプリ入れたから」とケロッと答えた。
んん…頭が痛い。こういうのもジェネレーションギャップに当たるんだろうか。私の恋愛観の中では恋人のスマホにGPSを仕込むのは常識ではなかったけれど。それを悪いと全く思ってない様子に、どう叱ろうか頭を抱えてしまう。
「由樹、とりあえずそのアプリは消して」
「え…便利だよ?」
首をこてんと傾げる由樹に一瞬絆されそうになるが、グッと堪えた。
この綺麗な顔にずっと許していたけれど、この先も付き合っていくなら妥協しちゃいけない。自分に言い聞かせた。
「駄目。そんなに私のこと信用出来ないの? 確かに藤川君と会ってたけど、自分のせいで巻き込んじゃったって頭を下げられただけだし、やましい事は何もしてないよ」
「それは…泉のことは信じてるけど。昨日言った通り、俺にとって泉が初恋だから…どう接していいのか、時々分からなくなる。さっきのだって…おしおきだって言えば、喜ぶ子もいたし…」
私の反応でこれが間違っている事だと理解した由樹は、言い辛そうに呟いた。
生い立ちを聞いたから分かってはいたけれど、本当に由樹は人を好きになって一緒にいたことがないのだろう。好きな人を作る間もなく、異母兄弟の恋人を寝取っていたのなら…すり減った気持ちを埋める術も、嫌な感情をぶつける術も知らないまま成長してしまったのかもしれない。
たまに由樹が子どものような表情をして甘えてくる理由が少しだけ理解出来た。
「藤川君と会って欲しくないなら、こんなレイプみたいな真似しないで…ちゃんと言って。私も由樹を信じてるから」
自分のスマホを手渡すと、由樹は黙って受け取って操作をした。
操作の終わったスマホを受け取ると、縋るように見上げてくる由樹に悪戯心が湧いてくる。正座をしている由樹の膝にのしかかるように正面から抱きつくと、彼の太腿に擦るように濡れている箇所を当てた。
私の仕草に今度は間違いを犯さないよう警戒している由樹が、硬直した表情でこちらを見つめている。どうすればいいのか図りかねているようだった。
「私もあなたも、まだイってないんだけど」
耳元で囁いて、由樹の腕を私の背に導いてあげると、やっと正解が分かった様子で…そのまま二人、ベッドへと倒れ込んだ。
さぁ、仲直りをしよう。
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