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「あれ…泉、参加して大丈夫…?」 退勤後に同期の仲間と合流し、会場のイタリアンバルに移動する途中でエミに声を掛けられた。エミには由樹がいなくなった事も、藤川君との間にあった事も話してはいない。けれど人の気持ちに(さと)い彼女には薄々感づかれているのだろう。…藤川君に脅される形で参加を決めたなんて言ったら、きっと彼女は味方になってくれると思う。それでも私は、頼りたくなかった。きっと、いや絶対…自分が蒔いた種なのだろうと心のどこかで理解していたから。 今更藤川君に気のないフリをして冷たくする事も、由樹との出逢いをなかった事にも出来ない。最高に我儘な自分に、人を頼る選択肢は最初から用意されていなかった。 「うん。折角藤川君の誕生祝いなんだもん。…私も、ちゃんとしたい」 「…そっか」 「ん」 エミはそれ以上何も言わなかった。参加しない方が良いんじゃないとか、私の行動を否定する事を決してしない彼女を本当に尊敬してるし、大切な友人だと思ってる。全てが片付いたら、そしたら。この出来事全てを酒の肴にして話してしまいたい、そう思えた。 同期の行きつけらしいそのバルは、店の奥側を借り切っていた。 カウンターには数名外国人のお客さんが座っていたが、そろそろ切り上げる様子だった。ぞろぞろ入店する陽気な同期達に、口笛を吹いて自国の言葉で何か言い、ハイタッチして去って行った。何語か分からないけど「楽しんで」そんなニュアンスの言葉なのかと感じた。 主役はまだ到着しないので、幹事がファーストドリンクの注文を集計していた。私はあまり飲む気にもなれなかったので、ファジーネーブルでも注文しようとしていた。しかしいつの間にか近くに来ていた篠崎ちゃんが「葉科さんはお酒強かったですよね~。好きなのってラスティネイルでしたっけ、あれ?カミカゼ? あ、ロングアイランドアイスティーでしたよね~!!」と黄色くてよく通る声で幹事に聞こえるように言った。幹事は幹事で「飛ばすね~!」なんて言って私の前を素通りしていった。慌てて訂正しようと幹事を追いかけようとするが、篠崎ちゃんに服を掴まれて動けない。横目で私を見てクスクス笑っている彼女を初めて怖い、と感じた。 「葉科さん、気付いてると思うんですけど~…私、藤川君が好きなの。だからあんまり近寄らないでくださーい。邪魔なんでぇ」 思わず顔が引き攣った。今までこんな攻撃的なことはなかったけれど、きっと最近藤川君が私を見る目が変わったのが…藤川君を見ている彼女には如実に分かるのだろう。私が女の怖さに暫く固まっていると、篠崎ちゃんは余裕の笑みで私から離れていった。 店の入り口のベルが鳴り、主役の藤川君が到着する。男性陣に「おせーよぉ」と囲まれている藤川君は笑って応えながら、店内にキョロキョロと視線を泳がせた。 …視線がぶつかる 藤川君は安心したように私にふわっと笑って見せた。 こちらへ足を向けようとしてたけど、篠崎ちゃんに腕を掴まれ、私から一番遠い席へ誘われた。私は残念なような、ホッとしたような複雑な気持ちでドリンクを受け取る。…忘れてた。何でファーストドリンクでレディキラーを飲まなきゃいけないんだか。 幹事は私のドリンクを気にした風もなく、「藤川、誕生日おめでとー!かんぱーい!!」と音頭をとった。 私は無性に馬鹿馬鹿しくなり、ストローを思いっきり啜った。遠目に篠崎ちゃんの引いた顔が見えたが、私は本当にそこそこお酒に強い。こうなったら耐久試合だとばかりに、他の同期とお喋りをしつつ藤川君と話せるチャンスを待つことにした。
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