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今日は多少の残業を抱えたが、あと30分くらいで退社出来そうだ。
連絡先を休みの内に交換しておいたので、こっそり由樹へラインを送る。
…例の失敗をしてしまった同僚の篠崎ちゃん(私と同世代だけど正反対ぐらいに違うタイプ、典型的な異性にモテて同性には倦厭されるような女の子)に何度も甘い声で謝られたが、泣きながら謝られると私が責めているみたいだから止めて欲しいなー…なんて思いながら宥めていると、今日もまた私が作成していたプレゼンの資料を間違えてシュレッダーにかけてしまったらしく、今まで残業の流れになった。
パソコンにはデータを保存していたから正直そんな痛手ではなかったけれど、最近は特に、篠崎ちゃん絡みのトラブルに何故か巻き込まれがちな気がする。
「ごめんなさーい…」と言って篠崎ちゃんは定時で帰って行ってしまった。
まぁ、ワザとではないだろうし、責任は感じなくてもいいんだけど…
何だか遣る瀬無い気持ちでいると、状況を知っているエミは「…あの子泉に恨みでもあんのかしら」と呟いた後「藤川、泉手伝ってあげてよ。私この後ネイル予約しちゃってるから、頼む」と声を掛けて去って言った。ちなみに藤川君の返事は聞いてない。
「…この資料、ページごとに綴じればいい?」
「一人で出来るから大丈夫だよー、定時過ぎてるんだし、藤川君は上がって大丈夫だから」
「高橋にも言い逃げで頼まれたし、これくらい手伝うよ。無事に新婚家庭に帰してやらないといけないし、ついでに送ってくからさ」
私の結婚の真相を知らない藤川君には申し訳ない気持ちになったが、ちゃんと話してしまったら反対されるのは目に見えているので言えなかった。
二人で資料作成をして会社を出た時には20時を過ぎていた。
エミも含めてなら私の部屋に来たことのある藤川君は、同じペースで迷いなく駅から私のマンションまでを歩てくれる。
…マンションまでもう少し。帰ったら由樹に色んな話を聞きたい。
どこで生まれて、何が好きなのか。あんなノリみたいな形で何で婚姻届けを提出することに決めたのか。知りたいことはたくさんあった。
「…はし…葉科、…いずみっ!!」
「え?」
気付いたら藤川君に手を引かれ、そのまま抱き寄せられた。
そのすぐ傍を、車が通過していった。
「あぶねー…一時停止してないだろ、あの車」
急に耳元で藤川君の声が聞こえ、背筋がゾクリとした。
「ご、ごめん。ちゃんと前見てなかった」
「ん。葉科に怪我無くて良かったよ」
頭をぽんぽんとされ、微笑まれる。藤川君には迷惑を掛けっぱなしな気がして申し訳なかった。
「助けてくれてありがとう」その言葉を言い終える前に飲み込んでしまった。
藤川君とは反対方向から、また腕を引かれてしまったから。
「泉、おかえりー」
いつの間にか、今度は由樹の腕の中に居た。
すっぽりと身体全体を包み込むように抱きしめられていて、その表情は分からない。
由樹の香水とほのかに由樹自身の匂いがして、記憶にうっすら残っている金曜の夜の出来事を思い出して頭が茹りそうだった。
「ただいま、由樹」
胸部に顔を埋められながらも、何とか返事をする。
由樹はまたぎゅっと抱いている腕に力を込めた。
「…由樹…え…もしかして葉科の結婚相手って、お前なのか?」
驚いた様子の藤川君は、声を震わせていた。二人は知り合いなのだろうか?
「お前はまた…俺の邪魔をしに来たのかよ!!」
「………恭平がどう思ったとしても、俺と泉の関係は変わらないよ」
藤川君は突然怒鳴り声を上げて、どこかへ行ってしまったようだった。足音だけが耳に届いた。
私は一人話についていけず、疑問符を並べていた。
「泉、帰ろう。…気になる事は、その時説明するから」
また、ふわっと笑った由樹の顔に絆された。
気になることは多いけど、今は二人で手を繋いで帰ろう。
話はそれからだ。
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