04

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部屋に戻ってから、由樹は私をソファーに座らせると…自分は床に正座をしてこちらをジッと見詰めた。 色素が薄めの瞳に私が映っている。こんな状況でなかったらドキドキする展開だったかもしれない。少しの沈黙があって、私から口を開こうとした矢先に由樹が覚悟を決めた表情で唇を動かした。眉根は困ったように下がっている。 「…まだ何て説明したらいいか、正直迷ってる。だから一番気になってると思う、俺達の関係性について話しておくね。…俺と藤川恭平は、異母兄弟ってやつで…あいつが本妻の子で、俺が愛人の子どもなんだ」 由樹は一度深く息を吐いて、自分を落ち着けているようだった。 揺れる瞳はまだ迷った色をしている。私はただ次の言葉を待つしかなかった。 「あいつの実家は大きな会社を経営してるんだけど、あいつには兄貴もいるし…跡継ぎでもないから束縛の強い家を嫌って出てしまってるんだ。今の会社には実家の事内緒にして入社したみたいだし。…俺は昔からずっと、父親の奴隷で…女の人に“ウケの良い顔”に生まれたのもあって、その…恭平とその兄貴に寄ってくる女性の、虫除けを命じられてたんだ。あの異母兄弟達の恋人、良い関係になりそうな女性…何人寝取って破局させたか分からない。俺が大人しく従っていれば、母さんも満足そうだったし、生活の保障もされてた。だから…ついこの間まで、自分の生き方に何の疑問も持たないで生きてた」 静かに、私に理解しやすいスピードで由樹は話してくれているが、その内容はちっとも理解出来ないものだった。同期の藤川君と、弾みでとはいえ結婚してしまった由樹が異母兄弟であることも。藤川君の好きな女性を由樹が寝取っていたという告白も。真実なのだろうと心は理解している反面、頭は理解する事を拒否しているようだった。 当然のように、私の心に疑問は生まれた。 “私との出会いはどうだったの?と” 藤川君と私は付き合っていたわけではないけれど。 不穏分子に思われて、由樹と出会ってこうなったのかと考えてしまう。 私の顔色で察したのか、由樹は優しく私の手に自分の手を重ねる。 「泉と出会ったのは、本当に偶然だった。…あの日、父親に呼び出されて、また恭平が親に紹介された女性を断ったらしい話と、好きな人がいるからもう関わらないで欲しいと言い切った話を聞かされて…あぁ、また俺が引き剥がすんだなって漠然と思った。 受け取ったターゲット女性の写真とプロフィールを見ないで握りつぶして…俺は今まで恋愛ってしたことなかったから…あの横柄な父に言い切った恭平が羨ましく思えて… 泉に拾ってもらったのは、店で深酒して、酔いつぶれて動けなくなった時だったんだ。泉も酔ってたのは分かってたし、今言ってくれてる事だって翌日には忘れちゃうんだろうなぁとは思ってた。 けど、本当に嬉しかったんだ。今まで人を好きになった事がないって俺が言った時、“なら、私を好きになったらいい。寂しいならずっと一緒にいよう”…そう言って、俺がお守りみたいに持ってた婚姻届けに笑うこともなく、サインしてくれて… …ままごとみたいな結婚だよ。それでも俺は凄く嬉しくて、こんな女性もいるんだなって思えた。泉のこと、本当に好きになりたいってあの夜に思ったんだ」 自分がそんな事を言っていたなんて全く憶えていなかった。 ただ記憶の片隅には、罪悪感で圧し潰されそうになっている由樹の顔だけが残っている。半信半疑だったけど、本当に私から婚姻届けにサインしていたという事実に、顔が少し熱くなった。 「…次の日何となく父親に渡された写真を見て驚いたよ。泉が映っていたから。その時に恭平の好きな相手が泉だって知ったんだ。でももう遅かった。俺も恭平のこと関係なく、泉と一緒にいたいって思っちゃったから。あいつにどれだけ恨まれても…俺は…ごめん…」 今にも崩れそうな由樹の身体を、私は抱きしめた。 今までは流れで由樹のことを知りたいとか、ふわっと思っていただけだったけど…こんな風に弱っている由樹を見て、私が支えてあげたいって心から思ってしまった。 俯いてしまった由樹の唇に、自分の唇をそっと重ねた。 由樹は微かに微笑(わら)って、キスを返してくれた。
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